第79話
残り1時間。
その結果、扉の先にスイッチは隠されてはいませんでしたし……【無用消火栓】は手摺りのせいで開きません。
そうこうしている間にも時間は刻々と過ぎていくのです。これは……もう一度、例のエスカレーターを上らないといけないのかもしれません。あの時は頭に血が登ってしまい、踊り場の探索を怠っていましたからね。もう一度、あそこに行かないといけないかと思うと、気が重くなりそうです。
「あ」
そういえば……スイッチではないけど、何か【押す】ものがあったような気がしますね。しかも、その情報ってコムさんに伝えていませんでした。これはエスカレーターよりも可能性が高い気がしてきますね。そんな訳で、
目的のコムさんは一階の広間にいました。彼はそこで悠長に壁の看板を眺めては笑いを堪えています。緊張感のない人ですね。残り時間は減っていってるんですよ。まったく、何を見ているんだか……
【さ ら り】
コムさんが見ていた看板には、そう書かれています。ん……これの元ネタは何なんでしょうか。ちょっと思いつかないですね。
「これは……傑作だよね。文字が消えた跡のバランスといい、残された文字といい……素晴らしいと思わない?」
コムさんは半笑いのまま、
「あれ? おゆきさん、これ……わからないの?」
半笑いのまま、そう言われた言葉は煽りにしか聞こえませんでした。ちょっと待ってくださいね、考えますから……えっと、サラリーマン?
いや……スペースの関係上、後ろに言葉がつくことはあり得ません。ならば……
「あ……【さわらつり】だ。釣りですね。しかも、そのさわらの味は【さらり】としているんでしょうね。美味しそう」
適当に思いついた答えを言ってみました。でも、思った以上にそれっぽい解答ではないのでしょうか。これは……自信があります!
「……ぷ……」
コムさんからは、耐えきれなかった笑いが漏れました。さっきから煽ってきますね、この人。じゃあ、いったい何が正解だと言うんですか。
「……さくら祭りだよ」
と、いかにも正解な答えが返ってきたのでした。
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あまりにも無駄な時間を過ごしてしまいました。
「いやいや、女性用だから……マズイって」
「どうせ、誰もいないから大丈夫ですよ」
そのままズルズルとコムさんを引きずりこむと、
「これ、押すって書いてあるんですけど……意味があったりするんでしょうか?」
と、伝えます。そして、コムさんは指さした蓋を見ると……
「これ……【おすい】の【い】が削り取られてるみたいだね」
と、返してくれました。
「それで……この蓋を押したら何かあるのかなって、そう思ったんですけど」
「ああ、なるほどね。でも、これって……押したところでなにも起こらないと思うよ」
「いや……さっき、
「いや……二人で押しても無理だってば。だって、この蓋を開けるには……引くんだよ」
と、残酷な事実を告げられると……
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
制限時間まで、時間はどれくらい残っているのでしょうか。
しかし、それにしても……なぜ、コムさんはこんなにも平然としているのでしょう? いや、笑ってばかりなのを平然とのが適切なのかはわかりませんが……制限時間、さらには爆発に対しての緊張感があまりにも欠けて見えてしまいます。
「コムさんも真面目に考えてくださいよ。残り時間は僅かなんですから……」
「ん? 僕も、おゆきさんと同じで【押す】が正解だと思うよ」
いやいや……さっきトイレで【押す】の案を、あっさりと否定したじゃないですか。ここに来て
「じゃあ……一緒に押してみます?」
「いいよ。でも……一緒に押さなくても大丈夫なんじゃないかな」
コムさんはそう言うと……トイレを通り越して廊下の突き当りの【高所】扉へと向かっていきました。あれ? いったい何を押すんでしょう?
「おゆきさんはあっちの突き当りの方の扉を開けてきてくれる? 開けたら、そのままでいいから」
コムさんの声が肩越しに飛んできました。えっと……
こちらの【高所】扉の隣には【ET 専用】の看板が取り付けられています。
コムさんも【高所】扉を開けっ放しにしたまま、廊下を戻ってきましたので……
「じゃ……押しに行こうか」
コムさんは我々を引き連れるようにして、階段を下っていきます。何処へ向かうのでしょう。
コムさんは一階の広間を抜け、玄関まで行くと……その扉の前でようやく足を止めました。この扉は……
「おゆきさん……押してみてよ」
コムさんがそう言います。でも……これ、さっきはまったく開かなかったんですよ。
「さっきよりも……軽くは感じます」
「でしょ。じゃ……変わってくれる?」
少し急ぎ足で館から離れた……その瞬間。
背後から大きな音が周囲一帯に響きました。
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