第74話



 そんなに考えなくても……【当駐車場は   駐車禁止です】。これは、わかりました。消えた部分は何種類か候補がありそうですけど……例えば、前向き・後向きと入れても成立しそうです。でも、正解は大型車でしょうね。【制限高 m】が隣にあることからも、大型車が正解だと思います。


 次の【飛び出し  ・  お願いします】……これも簡単ですね。【飛び出し注意・徐行お願いします】でしょう。他の選択肢はなかなか思い浮かびませんよね。強いて言えば……【飛び出し坊や・対戦お願いします】。面白さはあるんですが、これが正解とは思えません。


 さあ、問題は最後の……【ただいま   です】。この字面は、一見完成して見えるので考えるのに苦労しました。まずは【ただいまお帰りです】……ちょっと苦しいでしょうか、間に句点を入れたくなりますね。次は【ただいまお土産です】……頭の中には出張帰りのサラリーマンが思い浮かびます。お土産は嬉しいんですけど……これも正解には、程遠いでしょう。


 そこで、アタシは思考の方向性を変えてみました。【ただいま】は帰宅の挨拶ではない。そう読めば……あら、簡単。答えは【ただいま作業中です】でしょうね。工事現場近くでよく見かける文面ですが、作業中が色褪せしただけで……こんな面白さを生み出すとは思いもみませんでした。なるほど……平安名さんが仰っていた事、アタシにも少しだけ理解できたような気がします。


 そんなこんなで看板の空欄に思いを巡らせていると………隣の人はようやく落ち着きを取り戻したようです。アタシはコムさんの袖をクイクイ引っ張ると……


「もう大丈夫ですか?」


 そう尋ねました。コムさんの顔は、まだ紅潮しています。


「うん……もう、大丈夫。ごめん……ああいう笑いには……弱いんだよ」


 コムさんからは……今にも思い出し笑いが再噴火しそうな雰囲気が漂っています。これはマズい。看板が見えない場所に急ぎましょう。


「はいはい。知ってました。それじゃ……さっさと行きますよ」


 アタシはコムさんの袖を引っ張ったまま、彼を連れ出すようにして歩き出しました。急いで駐車場から出ないといけません。噴火が始まってしまいます。アタシは、コムさんを引っ張ったまま……駐車場を囲うワイヤーフェンスの切れ目を探します。


 この辺にはありません。あちらの辺かな……ない。じゃあ、そっちには……ない。最後にも……ない。


「え……出口がない?」


 駐車場の四辺はワイヤーフェンスで囲まれていました。外に出ようとしても出れません。それどころか……これじゃ中に入ることも出来ませんよね。駐車場を名乗っておいて、出入り口がないのはどうなんでしょう。アタシは平安名さんに視線を向けました。すると……


「出入りできない無用の駐車場に、免許を持っとらんワイの無用の車が止まっとるっちゅうわけや、どや。面白いやろ」


 まったく面白くありません。アタシは急いで後ろの人を安全圏へと誘導しないといけないのです。あぁ……背後からは笑い声が聞こえてきました。


「しゃーないのー。ほな……これで出れるで」


 そう言うと、平安名さんはワイヤーフェンスの一部を消してくれました。アタシ達はそこへ向かうのですが……その場所は最悪の場所だったのです。出入り用にワイヤーフェンスが消去された場所のすぐ横、そこには……【ただいま   です】の看板が堂々と鎮座していました。


 後ろからは……遂に堪えきれなくなったのでしょう、コムさんの爆発的な笑いが聞こえてきました。


 アタシはコムさんの袖を放すと……その場に無力に立ち尽くすのでした。




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 それからコムさんが平静を取り戻すのに、多少の時間を要しましたが……アタシ達は駐車場を後にすることが出来ました。そこから山道を少しばかり歩くと、周りの新緑眩しい木々の風景は開けていきます。そして……遠目に、お目当ての館が見えてきました。遠近法でしょうか、それほど大きな館には見えませんね。一般の住宅より少し大きいかな、といった感じです。強いて言えば……屋根から伸びる煙突ぐらいでしょうか、物珍しいものは。


 アタシ達は館に近づいていきます。すると、見た目に気になるところが増えてきました。えっとですね……屋敷の外壁はコンクリートみたいなんですが……その二階の高さにドアが付けられているんです。あのドアは室内へと繋がっているのでしょうか。ですが……繋がっていようが入れません。だって……そのドアへと向かうための階段はないんです。それは、まるで絵画のようにポツーンと……屋敷の外壁にドアが嵌まっているのです。これ……室内側から開けたら、外に落ちちゃうんじゃないでしょうか。しかも、ご丁寧に落ちそうな地面には……何本もの突起物が生えていました。


 さらに、一階部分の壁には……壁の色が異なっている場所が散見されます。えっと、この部分は……元々は勝手口だったと思われる場所を、外壁の色と少し風味の異なる色で塗り固めていますね。あちらは……窓があったであろう場所を塗り固めています。この塗り跡からは、元々は何があったのかを想像

させるような意味合いがあるのでしょう。その、わずかな色合いの違いから……強い主張を感じました。


「これがな……トマソン言う芸術なんや」


 アタシ達が、あらかた館の外観を眺め終えると……平安名さんは語り始めます。


「とある芸術家が発見した芸術の概念とでも言うべきやろうか。まあ、言葉で説明してもわかりにくいやろうし……例えばやな、あの二階の扉を見たってーな」


 平安名さんが指差す方向には、先程見た二階壁面の扉がありました。外からは入れないし、内からは転落してしまう危険な代物です。


「あれはやな……トマソンの中でも【高所】と呼ばれる分類に当たるんや。【高所】にあることによって、使用用途に違和感を覚える存在を定義しとるんやで」


 ほうほう……ちゃんと聞かされてみると、なんとなく芸術の匂いもしてきますね。見た瞬間に意識を持っていかれると言う意味では……確かに芸術なのでしょう。


「ほんで、あっちの色の違う壁。あれは【ヌリカベ】言うんや。入り口や門、窓のあった場所を塞いだ時に出来る領域でな……周囲の色と少しだけ違っとるんが素晴らしいんや」


 あー。うん。それはわかります。さっき見たときにも、色合いの違いから主張の強さを感じましたし……これは、ひょっとしてスゴイ芸術なのかもしれませんね。なんだか美術館を鑑賞しているような気持ちになってきました。コムさんも外壁を物珍しそうに眺めています。興味を惹かれたのでしょうね……その瞳はキラキラしていました。これは……よろしくない展開な気がします。


「ほな、館に入ろか」


 平安名さんは、アタシ達を先導するように歩いて行きました。そして橋を渡るのですが……。


 え? この橋……何かがおかしいですよ。だって……渡るべき川や段差が存在していないのに、橋は渡されているんです。


「えっと、この橋って地面にベタ置きされているように見えるんですけど……何か意味があるんですか?」


 その橋の存在意義がわからなくなったアタシは、平安名さんに問いかけました。


「ん? あるで。これは【無用橋】いうんや」


 えっとですね……アタシは存在意義を聞きたかったんです。その答えは【無用橋】でした。繰り返しますと……存在意義は【無用橋】。なんだか哲学めいてきましたね。アタシ……ちょっと混乱してきました。


 そして、ようやく到着した館の玄関。その豪華で重厚な両開き扉は、到着前から開かれていました。それはまるで……私達を一口に飲み込もうとしているかのように。


「ほな、ようこそ……超芸術トマソン館へ」


 平安名さんは軽く頭を下げると、片手を玄関へと向け……アタシ達に入館を勧めました。


 

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