第72話



「へー……【パ】の字が消えやすいのは、そんな理由だったんですね。始めて知りました」


 いやー……聞いてみるとパチンコの【パ】の字が消えるのには、それなりに合理的な説明がつくんですね。えっと……半濁音の時に右肩に付ける丸、あの部分が壊れやすいらしいんです。そして、そこが壊れると……残った【ハ】の部分にも電気が通らなくなるから、【パ】の文字全体が消えてしまうのだそうです。ちょっと驚きですね。でも……その理屈で言うなら【パパイヤ】は【  イヤ】になるんでしょうか。なんと【嫌】になってしまいましたね。これは楽しいかもしれない。他にも……【面白い】ものがあるかもしれませんね。暇つぶしにもなることですし……少し、考えてみましょうか。




 それからしばらく……アタシは面白くなりそうな看板を考えてみたのですが、なかなかに思い浮かぶものではありませんでした。強いてあげるなら……【ぽんぽんぺいん】が【 ん ん いん】になるくらいです。ご存知ですか? 【ぽんぽんぺいん】は、お腹が痛いという意味のネットスラングです。三文字も消えるのは芸術点が高そうですが、そもそも看板でもなれば、残された文字に意味がないので……残念ながら、没です。


「【パンナコッタ】とか、まあまあだよね」


 コムさんが何か言っていますね。【パンナコッタ】ですか。となると……【 ンナコッタ】。芸術性が高いかと思えば、んなこったない。


「【ピアノコンサート】とかはどうかな?」


 えっと……【 アノコンサート】。いったい、どのコンサートなんでしょうか。


 こう考えると、やはり【パチンコ】の芸術性は高いんでしょうね。内容はともかくとして……インパクトは絶大ですから。




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 それから、しばらくはコムさんと面白看板トークをしていました。やはり面白い看板となると、個人制作の物が多い印象がありますよね。くだらないと思わせるようなギャグからローカルネタなど、独特のセンスが光っていたりします。他にも北海道の道先案内板の距離表示だとか、スーパーマーケットの広告の誤植だとか……思わずクスッと笑ってしまうような看板や表示を披露して遊んでいた……その時です。


 室内にインターホンの音が鳴り響きました。その音は【ピンポーン】と鳴ると、室内へと来客の到来を告げるのです。あれだ……【ぽんぽんぺいん】は没でしたけど【ピンポン】だったら【 ン ン】になりますね。これには、ちょっとした芸術性を感じます。ならば……【ピンポンパンポン】だと【 ン ン ン ン】ですね。おお、倍になりました。


 さてさて、そんな事はさておいて……アタシとコムさんは扉の方へと向かうのです。


「はーい、今開けまーす」


 その発言をするのはアタシ。ドアを開けるのはコムさん。


「お待たせしてしまって、すいませーん」


 ドアが完全に開かれると、そこには恰幅の良い、原色のど派手な服を着た中年男性の方がおられました。


「ハハ、お手数おかけしてすんまへんな」


 その方は、力士が懸賞金をもらう時のように手刀を切ると……肩をすくめながら室内へと入ってきました。なんだかノリの良さそうなおじさんですね。関西弁を使用されているようですから、そちらの地方のノリなんでしょう。


「いえ……こちらこそ、ご足労をおかけして申し訳ありません」


 コムさんは、いつものようにお客様をソファーへと案内していきますが……おじさんは案内されながらも、室内をキョロキョロ見回しています。


「なんや、馬鹿にしとるワケやないんやけど……無機質な感じの部屋やな」


 おじさんはアタシ達の部屋をそう評しました。別に馬鹿にされたようには感じません。実際の所、今の事務所的な室内は……これが落ち着くといった理由で構成されているだけに過ぎません。何か他に候補があれば、それでも良い訳なんですけどね。結局は慣れが優先されちゃうんですよ。


「なんちゅーかな。別に無機質が悪いってワケではないんやけど……何処かに遊び心があった方が面白いんとちゃうか?」


 遊び心? 例えば、コムさんのデスクの上にはB級映画グッズが並んでいますけど……そういった類の品を増やしたほうがいいんでしょうか。そうだとしたら、断固拒否しないといけませんね。


「例えばやな……そこにホワイトボードがあるやろ。でも、そこのペン受けには白のペンしかあらへんとか……そんな感じで、気づいたらちょっと面白く感じる程度の遊び心とでも言うと、わかりやすいやろか?」


 んー。わかるような、わからないような……。


「僕は、なんとなくわかりますよ。例えば……こんな感じでしょうか?」


 そういうと、コムさんはソファーの前に来客用のスリッパを具現化させました。しかし……そのスリッパは一足の半分、つまり片っぽしか具現化されていません。


「それもええけど……こういうのでもええかもな」


 おじさんは、その隣に……今度は一足分のサンダルを具現化させました。しかし……そのサンダルは両方とも左足用です。履きづらそう……。


「なるほど……勉強になります。それでは……どうぞどうぞ、お座りください」


 コムさんはおじさんにソファーを勧めました。おじさんは器用に両方が左足用のサンダルを履くとソファーに腰掛けます。すると、ソファーは深く沈み込みました。なるほど……恰幅の良さは見かけだけではありませんね。


「ご丁寧にすんまへんな」


 そう言うおじさんの隣に、アタシ達も腰掛けます。アタシの座った場所はそんなに凹みません。なにせ軽いですから。


「本日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます。私は小紫祥伍と申します」


アタシは堀尾祐姫です。おゆきさんって呼んでくださいね」


 そして簡単に自己紹介を済ませました。


「小紫はんと、おゆきちゃんやな。ワイは【平安名たくや】言います。略して【へんたく】や。よろしゅー頼んます」


 おじさんはそう言うと、自身の名前を印字した紙を具現化して見せてくれました。へー、そう書いて【へんな】って読むんですね。それはそうと、名前の方は平仮名表記なんでしょうか? 気になりますね。


「あの……お名前の方に漢字の表記はないんですか?」


 失礼かもと思いましたが、気になった事は尋ねるべきです。これが後々に【謎】を解く重要な手がかりだったりするかもしれませんからね。いや、まあ……そんな事ないんでしょうけど。


「ん? 名前の方は【拓哉】やで。苗字が難読やさかい、漢字は開いて平仮名表記にしとります」


 ああ……選挙とかでポスターに、苗字・名前を平仮名にして載せているのと同じ理由なんでしょうね。選挙では、柔らかい印象を持たせたいだとか、投票用紙に書きやすいだとかの理由で名前を開いてるそうですが……この場合は【平安名拓哉】。うん……開いた方がいい気がします。


「いやー。変な苗字やろ? 平安名なんて?」


 これは……【変な】と【平安名】のゲシュタルト崩壊を誘っている気がしますね。ですが、これくらいでは負けません。


「それでやな、ワイが持ってきた【謎】に関してなんやけど……ワイは一風変わった物は好きなんや。言い換えれば変な物が好きなんや」


 変な物ですか。実際、部屋に入ってきた後の行動からして……なんとなく、そんな感じはしますね。


「まとめるとやな……変な物が好きで変な苗字の平安名さんが変な【物語】の変な【謎】を持ってきたってわけや。わかるか?」


 負けましたね、一度聞いただけでは……わかりませんでした。


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