仮題:脱出、超芸術トマソン館
第71話
みなさんは【トマソン】と呼ばれる芸術を知っていますか?
それは、主に建造物を指すのですが……建造目的をまったく果たしていない存在。人によっては無用の長物などと言うのかもしれません。しかし、そこに芸術性を見出した方によって【トマソン】の名を与えられると、物好きな方々の活動によって世に広がっていきました。こう考えると、世の中には……実は無用の物など、一つも存在していないのかもしれませんね。もし、無用だと思う物があったとしても、それはただ……その物の価値が定義されていないだけ。【トマソン】は、我々にそういった事を教えてくれているのでしょうか。
本日伺うのは、そんな物語。それは私達の【退屈】を埋める、どんな【面白い】物語なのでしょうか。
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「退屈で死にそう……」
いつもの室内、いつもの光景。そろそろ、本当に退屈で死んでしまえばよいとも思うのだが……そうはいかない。何しろ、この世界の住人は全てが現世での生を終え、こちらに来た者達なのだ。簡潔に言えば死人である。よって、この室内の二名には……再度の死が訪れることはないのだ。
室内の二名は片側は男性で、もう片側は幼女に見える。そして彼らは各々の体躯は違えども、同じ姿勢のまま……
男性は
幼女は
ちなみに、彼らは『退屈で死にそう……』と言いはしたものの、退屈で死ぬことはない。しかし、こちらの世界の住人にとって【退屈】な状態とは……死んでいるも同義ではある。何しろ、彼らには無限の時間が与えられており……いかにして、その【退屈】に抗うのかは最重要課題であった。よって……彼らは寝ているようにも見えはするが、実は待っているのである。何をかと言えば……それは【退屈】を忘れさせるような、そんな【面白い物語】の到来をであった。
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「そういえば……僕、思うんだけどさ」
唐突に小紫が発声した。その声はデスクの天板に反射して室内へ広がる。もはや、手慣れたものなのであろう。反射する事までも考慮して、声量は調整されていた。
「何をですか?」
おゆきさんは無視するのも可哀相だと思ったのであろうか……頭を上げ、それに応えた。その気配を感じた小紫も頭を上げる。
「ほら、繁華街にパチンコの看板ってあるじゃん」
「まあ……ありますね」
どれだけくだらない話であろうが、少しの退屈しのぎにでもなれば儲けもの。おゆきさんは、その程度の興味で相槌を打つ。
「それで、よく……パチンコの【パ】だけが消えちゃうってネタがあるんだけど……知ってる?」
おゆきさんは答える素振りを見せない。無視を決めこんだようだ。この先の展開が予想できたのであろう。
「いやいや、そういう話じゃなくてね……おゆきさんが想像してるようなのじゃないから、安心していいよ」
小紫はおゆきさんの感情を逆撫でするような事を、無神経に言う。しかし、悪意はない。つまり、彼がこういう事を言うのは……彼の素であった。
「あーし……そんな事、想像していません!」
おゆきさんは感情的になって否定をする。そして、そんな事がどんな事なのかは永遠の謎となった。
「まあ【パ】が消えるのはネオン看板の特性だから仕方ないとして……昔のブリキ看板ってわかる?」
「それって……タバコ屋さんとかバス停にあったりする、錆が浮いてるようなのですか?」
小紫の疑問文に、おゆきさんも疑問文で返す。あまりお行儀が良いとは言えないのだが……二人の関係性においては、それが通じるのであろう。
「そうそう。ああいう看板ってさ……赤い色が日光で飛んじゃうんだよね。見たことない? 赤色が薄くなっちゃった看板」
「ああ、ありますよ。炭酸飲料とかの看板の地の色が真っ白になっちゃってました」
「そうそう。それでさ……昔、パチンコ屋さんの看板があって【パーラーイワゾノ→】って書いてあったんだ。地名なのか、もしくは経営者が岩園さんなんだろうね」
「ほうほう、それで?」
小紫の話題は、おゆきさんの興味を惹くことに成功したようだ。おゆきさんは期待の眼差しで話の続きを待っている。
「その文字がさ……多分、一文字ずつ赤と青で塗り分けてあったんだよ。目立つようにする工夫なのかな。そして、その看板は日光によって赤色が飛んじゃってね。すると……どうなると思う?」
「ん? いや、どうなるって言われても……読みにくくなりますね」
おゆきさんは当たり前の事を当たり前に答える。
「うん。読みにくいだけならいいんだけど、赤色の劣化具合によっては別の意味に読めちゃう時があってさ……それが【面白い】んだよね。それで、さっきの【パーラーイワゾノ】なんだけど……劣化したら【パ ラ イ ゾ →】としか読めなくなっちゃったんだ」
「ぱらいぞ? 何です? それ?」
馴染みのない単語に、おゆきさんの頭上にはクエスチョンマークが浮かび上がると……素直に、その疑問を口にした。
「えっと……キリスト教の伝来で広まった言葉なんだけど、ポルトガル語で言えば楽園、英語で言えばパラダイスって意味になるんだよ。面白いと思わない? パチンコ屋さんの看板が……いつの間にかパラダイスを意味しててさ。ある意味では、確かにパチンコ屋だなって……そんな感じがしない? しかも、右に行けって指示が残ってるのが……これまた面白い」
小紫は饒舌におゆきさんに説明をする。こういう時に早口になるのが玉に
「まあ、面白いっちゃ面白いですけど、そうですね……じゃあ……パーラー境港というのはどうでしょうか。読みは【パーラーサカイミナト】です」
おゆきさんは少し考え込んだ後……新たな看板案を提示した。次は小紫が考え込む番となる。
「うーんと、ちょっと惜しいかな。多分、パラサイトと読ませたいんだろうけど……【パ ラ サ イ ト】。【イ】と【ト】の間が二文字開いちゃうのが、なんというか……美しくない」
小紫は偉そうにおゆきさんの案を講評した。まるで、芸術家にでもなったかのように。
「あ……そっか。なるほど。言われてみれば、少しバランスが悪くなっていますね。うーん……なんだか、思った以上に奥が深いです」
「そうそう。これは、ある意味……芸術なんだよ」
先程は芸術家にでもなったかのようにと評したが、本人的にもそのつもりだったようだ。今度は、なんとなく芸術家っぽい顔をしている。しかし……その顔はシュールレアリスムではなかった。
「あ、そう言えば……ネオン看板で【パ】の字だけが消えやすいのには、ちゃんとした理由があるんだよ」
「え? どんな理由なんですか?」
「うん。それはね……」
珍しく小紫の話題はおゆきさんの興味を惹き続けている。このまま行けば、次の来客が訪れるまで【退屈】しなくても済むであろう。
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