第70話




 さて……考えてみるとしますか。容疑者は【四天王】。八百屋の鳴瀬菜摘さん、女流棋士の松田歩さん、不動産ブローカーの諸谷泉さん、府警の野上博史さんの四名です。いえ……ここは自殺の線も考慮して、御本人の栗原真姫さんも含めたほうが良いでしょう。つまり容疑者は【四天王】の五名。ちょっと脳が理解を拒んでいますが、今回の事件に関しては数字通りに考えるのはナンセンスなのかもしれませんね。【one of the most】が二つあったり……【三大】が四つで、【七大】が八個あったくらいです。【四天王】の五名に違和感を感じている場合ではありません。


 んー……手がかりと言いますか、情報が不足しているように感じます。これ……解けるように出来ているんでしょうか。


 しかし……それを考えても仕方がありません。考慮に入るとしましょう。第一感ですが……やはり野上さんが怪しいですよね。唯一の男性ですし、府警に務められている事からしても怪しさを感じます。何らかの捜査情報を改竄してたりとかないでしょうか。もしくは【積み本】を崩す為のトリックに詳しかったりする可能性もありそうです。やっぱり、彼が最有力容疑者でしょう。


 それに比べると……他の三名と御本人からは怪しさを感じないんですよね。ただ、それこそが怪しいという理論もありますから、考えてみましょうか。


 そして、ちょっと気になったのは八百屋の鳴瀬菜摘さん。でも、彼女の情報が気になったというよりは……そこでの会話が気になりますね。その会話と言うのは世界三大スープの話です。【トムヤンクン】【ブイヤベース】【ボルシチ】【フカヒレスープ】の4つあるのは知っているんですが……実は【担々麺】も含まれていたりしないでしょうかね。そして【担々麺】の頭文字の【担】は……【同担】の担と同じになります。ちょっと、それっぽくないですか?


 他にも不動産用語に【同担】や【同担拒否】みたいな言葉があるのかもしれませんね。同じ担保を拒否するって感じの意味です。あれ……これって実は真相に迫ったりしていませんかね?


 そんな事を考えながら、アタシは時間を消費していきました。例えるなら……まるで、持ち時間無限の将棋です。




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




「わかりました! 犯人は……諸谷泉さんですね。おそらく、諸谷さんは栗原さんに【同担】からの退去を要請したんですよ。そして栗原さんは、それを拒否したんじゃありませんか? これが【同担拒否】の【謎】なんです。そして、要請を拒否された諸谷さんは……積まれた本に細工をして、栗原さんを亡き者にした……これが、この事件の真相です!」


 アタシは自信満々に解答を突きつけてやりました。ここに至るまでに様々な案を考えたのですが、消去法の結果……残された案がこれだったのです。つまり、これこそが正解に違いありません。


 アタシの解答を受けた栗原さんは笑顔を見せます。アタシもよく知っている、ニチャアとした笑いです。


「小紫さんは……どうですか?」


 妖しい笑いのまま、栗原さんはコムさんにも解答を要求しました。


「そうですね……【わかりません】」


 コムさんは未回答のようですね。勝った。久しぶりにコムさんに勝ちましたよ。やりましたね。流石に腐女子界隈の用語が乱れ飛んでいた今回の事件は、コムさんには荷が重かったようです。アタシは渾身のドヤ顔を決めてやりました。


「なるほど、そう来ましたか」


 栗原さんの気持ち悪い笑みは消えています。今はすっかり真面目な表情に見えますね。そろそろ解答の発表でしょう。アタシはドヤ顔を続けています。


「ええと、答えはですね……【わかりません】。実は、私には犯人はわからないんですよ。だって私……犯人が判明する前に死んじゃったんですから」


 へ? アタシのドヤ顔は狐につままれたような顔に変貌していました。いやいや、まあ……確かに犯人を知る前に絶命したのなら、真相は不明のままになりますけど……それでも、解答が無いのには納得できません。狐につままれたような顔は蛙のようなふくれっ面へと変化するのです。


「答えが【無い】なんてズルいですよ」


 我慢できず……アタシは頬を膨らませたまま、苦情を述べてしまいました。 


「堀尾さん、ごめんなさい。でも……たまには【謎】が【謎】のまま終わる。そういうのも面白いと思いませんか? でもですね……答えは【無い】とは言っていませんよ」


 刺せば破裂しそうな頬をしたアタシに栗原さんが謝ってくれました。いや、そんなに怒ってはいませんけど……ちょっと理不尽な感じがしただけです。アタシは口内の空気を飲み込むと、頬は縮み……蛙から人へと復帰したのでした。でも、答えは【わからない】と言っていたじゃないですか。そこだけは、まだ納得できないのです。


「そうですね。たまには、解かれない【謎】があってもいいんだと……僕も気づきました。【わからない】が正解ですね」


 コムさんが、そう言うと……今回の事件は幕を閉じたのでした。




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




 栗原さんをお送りした後の室内は静寂に包まれています。アタシは釈然としない表情をしていたんでしょうね。だからでしょう、コムさんは諭すように語り始めました。


「多分ね、栗原さんは犯人が誰なのか……知っているんだよ」


 どういう事でしょうか。アタシは顔をコムさんの方へ向けると、続きを促しました。


「犯人はね……妹さんだよ。栗原美姫さん。名前の類似性からしても双子の妹なのかもしれないね。妹とは以心伝心の関係だとも言っていたし……だから、妹さんも【同担】だったんじゃない?」


 確かにそれは伺っていました。それでも……後味が悪いと言いますか、納得し難いですよね。


「彼女の話を聞いていてさ、少し引っ掛かる所があったんだよ。ほら……『【No.1】は、二つ存在できる』『【三大あるある】が四つあろうが問題ありません』『【四天王】は五人以上いてもいいんです』『【七大】が八個あろうが、ノープロブレムです』って言ってたでしょ。この中に一つだけ気になる所があるんだけど……わかる?」


 彼女の発言を思い返します。そうですね……どれもこれもが指定の数より1つ多く存在すると言っているように思えますが……あっ、気づきました。


「わかりました……【四天王】だけは五人と限定していないんですね。五人以上と言っていました」


「そういう事。他の発言は全て個数を断言しているのにさ……【四天王】だけは五人【以上】いるって匂わせているんだよ。これは、多分……【四天王】に六人目がいたことの示唆じゃないかな。すると、候補者は妹さんの美姫さんだけだよね。つまりさ……栗原さんは本当は知っているんだよ。真の犯人が……誰かって。でも、血を分けた姉妹が犯人だなんて認めたくないんじゃないかな……だから、それが【謎】が【謎】のまま終わった理由だと思うよ」


 あぁ……理解できました。真姫さんは妹さんが犯人だと……理解したくないのだと。その為に【謎】が【謎】のままであってほしかったんですね。これは一本取られた気がします。そして、コムさんが『【わからない】が正解ですね』と、そう言った真意にも……ようやく納得がいきました。


 



 こうしてアタシの釈然としない思いは解消されました。本当に良かったです。


 だって……あのまま終わっていたら、この事件は【山なし】【オチなし】【意味なし】に終わっていたんですから。


 せめて、最後くらいは……腐女子ワードから解放されたいものですよね。




 第8話 『年齢・性別・定員不問。四天王募集中。アットホームな蝕場です』 了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る