第64話



「まずは……歴史に残る素敵なエピソードをお話しますね」


「素敵エピソードなのじゃ~」


 瀬戸さんが語り始めました。そしてデルピュネーさんがそれに続いていますが、ただの賑やかしにしか見えません。そもそも何故に瀬戸さんとデルピュネーさんが意気投合してしまったのでしょうか。アタシには……それがわかりません。それこそが最大の【謎】なのではないでしょうか。


 そしてコムさんは話に集中していますね。まるで真面目な学生のようです。残念ですが私には……救いがありません。


「おゆきさんは鎌倉って知ってます?」


「それくらい、あーしだって知ってますよ」


 なんでしょう、馬鹿にされたような気分です。流石に鎌倉くらいは知っていますよ。和風のスイーツとかハムとかサブレが有名ですよね。それと大仏様や幕府も知名度が高いですし……知らない人を探す方が難しいのではないでしょうか。


「アタイもプロレスラー時代に訪れた事があるのじゃ~。観光名所も多く、良い場所だったのじゃ~」


「僕も江ノ島線に乗って行ったことがあります。独特の空気感があって、いい街ですよね」


 デルピュネーさんとコムさんが続きました。ここにいる全員、鎌倉の事は知っているみたいですね。いや……まあ当然と言えば当然ですが。


「その鎌倉から横浜へ至る道に朝夷奈切通あさいなきりどおしという峠道があるんです。今の表記は朝比奈切通あさひなきりどおしですね。実はその峠道は一夜にして作られたという逸話があるのですが……ご存知ですか?」


 瀬戸さんから、そう問いかけられました。


「えっと……知らないです」


 アタシは素直に答えました。東海道や中山道といった有名な街道ならいざ知らず……流石にローカルな道を知る機会はそうそうありませんから、仕方ないですよね。


「僕は知ってますよ。朝比奈義秀ですよね」


 そういった時に、あっさりと知っていると答えるのがコムさんです。毎度の事なんで、もうイライラすることはありません。本当ですよ……多分ですが。


「その通りです。そんな逸話が残っている朝比奈義秀なんですが……実は当時の将軍、源頼家の命で海に潜ると三匹の鮫を捕まえて戻ってきたんですよ」


 瀬戸さんの発言。その中の【鮫】という単語にコムさんの眼が光ります。もう放っておきましょう。


「他にも朝比奈義秀には……宮城県の松島湾を掘った土で、宮城と山形の県境の船形山を作ったという逸話もあるのじゃ~」


 は? まるでダイダラボッチ伝説みたいになってきました。ここまで来ると朝比奈さんは空想上の生物ではないのかという気がしてきますね。


「更には和田合戦において足利義氏の袖を引きちぎる怪力も見せています」


「ちなみに足利義氏は変成男子の術法で男子として産まれたという逸話があるのじゃ~、近年流行りのTSモノも歴史が長いのじゃ~」 


 えっと……どうでもいい知識を手に入れてしまいました。こういう知識に限って、長いこと記憶に残っちゃうんですよ。困ったものですね。


「それでは前菜はこれくらいにして……メインディッシュに行きましょうか」


 瀬戸さんの眼が怪しく光りました。コムさんの眼はさっきから光っています。デルピュネーさんの眼は元から光っています。そういうデザインなのです。


「それでですね……今日の本題は【本能寺の変】の【謎】に迫ろうと思うんです」


 瀬戸さんから新たな話題が提示されました。先程までの流れとは一変して真面目な考察になればいいんですけど……期待しないでおきましょう。


「本能寺の変とは 1582 年に明智光秀が織田信長を討った事件なのじゃ~。今回はその中でも明智光秀に焦点を当てていくのじゃぞ~」


 ほうほう……明智光秀ですか。確かに明智光秀の動機は日本史最大のミステリーとも言われますし、ちょっと興味を引かれますね。


「まずは明智光秀のエピソードをお話しますと、光秀は怪力の持ち主であったらしいんです。なんでも……馬の鞍を引き切った逸話が残されています」


 へー。さっきの朝比奈さんにも袖を引きちぎる話がありましたし、似たようなエピソードと言いますか……共通点があったりするんでしょうか。


「更には、これほどの有名人物だというのに……明智光秀の前半生には【謎】が多いのじゃ~。未だに生まれの地すら確定できていないのじゃ~」


 なんだか、思った以上にためになる話ですね。このお二方が持参した話だけに疑っていましたけど……少し反省です。


「他にもですね……光秀は信長からキンカン頭と呼ばれていたり、安土城で徳川家康を饗応した際に料理が腐っていると怒られたりもしています」


 ああ、これは知っています。有名な話ですね。実はキンカン頭をペチペチしたかっただけだったら面白いと思うんですが……これ、仮説になりませんかね。


「そして締めを飾るのは、明智光秀の辞世と言われる【順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元】なのじゃ~。人生五十五年の夢も一元に帰すと表現した後半部分が特に印象的じゃの~」


 えっと、人生五十年の織田信長さんより五年長いですね。しかし……信長さんが最期に舞ったとされる『敦盛』の『夢幻の如くなり』にも【夢】って文字が入っているくらいですし、実は……両者の相性って良かったんじゃないんでしょうか。これも……仮説になりませんか?


「さあ、これらのエピソードからですね……私達は一つの結論に到達しました。そう、それこそが【本能寺の変】の【謎】の答えなのです!」


 瀬戸さんは自信満々に語っています。多分ですが……ろくでもない結論なのでしょう。なにせ【オカルト】と【陰謀論】の足し算なんですから。


「それでは……皆の者も、その【謎】について考えてみると良いのじゃ~。ヒントはアタイなのじゃぞ~」


 こうして……【謎】が出題されました。真面目に考えるだけ損な気もするのですが……一応、考えてみましょう。


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