第56話



 ドアの先、お客様は白髪の混じった初老の紳士さんでした。アタシとコムさんはお客様を歓迎し室内へと迎えます。そして、いつものソファーを勧めるのでした。


「これは、ご丁寧に……ありがとうございます」


 ご老人は物柔らかな笑みを浮かべ、ソファーに腰を下ろしました。コムさんは丁寧にお茶出しをしています。お客様はそれに口をつけると、一息着いた様子ですね。アタシ達も両脇に腰を下ろしましょうか。


「本日はご足労いただきまして、本当にありがとうございます」


 コムさんは、そう言うと頭を下げました。アタシも同じく頭を下げます。


「いえいえ、私のような者を丁重にお招きいただき……こちらこそありがとうございます」


 私のような? 何でしょうか……謙虚というか、自身を卑下してるような言い回しに聞こえますね。ちょっと気になります。


「私は大野知能と申します。漢字では【知能】と書きますが……名は体を表さず、頭脳に優れているわけではありません」


 大野さんはそう言うと、穏やかに笑いました。先程も思ったのですが優しい笑顔をされる方ですね。そして、名前の読み方は【おおのともよし】さんと読むみたいです。あ……これは失礼しました。我々も自己紹介をしないといけませんね。


「僕は小紫祥伍と言います。こちらの小さいのは堀尾祐姫です。どうぞよろしくお願いします」


 コムさんが先手を打って自己紹介を済ませてくれましたが……子供扱いに不服なアタシは頬を膨らませます。それを見て大野さんは紳士的に笑ってくれました。大野さんはいい人ですね。まったく……誰かさんとは大違いです。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 大野さんはそう言うと、膝に手を当て深く頭を垂れました。本当に礼儀正しい方のようです。もう一度だけ言いますが……誰かさんとは大違いですね。


「それでは……私の持参した【謎】をご披露させていただきましょうか」


 頭を上げた大野さんは微笑んだまま、物語の開始を告げるのでした。




「私は、現世で人を多く殺めてしまいましてな……言うなれば、大量殺人犯なのです」




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




「へ?」


 優しそうな表情から出た意外な発言に、思わず声が漏れてしまいました。だって、こんなに穏やかな笑顔を見せる人が……自身を大量殺人犯だなんて言うとは微塵にも思いません。


 ほら、目じりには笑い皺が刻まれていますし、何と言いますか……好好爺こうこうやと表現するのが最も適して見えるんですよ。服装も地味な色合いのポロシャツにベスト、ズボンも靴も地味な感じです。はっきり言いますと、殺人犯と言われても信じられません。しかも、大量なんて形容がついてくるんですから……それはもう尚更です。


「驚かれましたか?」


「はい。そのようには思えませんでしたので……」


 コムさんは素直にそう答えました。アタシも同意します。


「いやはや……こちらの世界に来て、よく言われたものです」


 そう言って笑う大野さんは優しい顔をしています。やはりアタシには、彼が大量殺人犯だとは信じることは出来なません。そんなアタシの半信半疑な表情は、大野さんにバッチリと見られていたようです。


「人にはですね……ふと思い立った狂気に全てが支配されてしまう事もあるのです」


 微笑みと共に大野さんは仰いました。そして……


「これは景気のいい話でもなければ、楽しい話でもない。ただの男の狂気な【物語】なのです……それでは始めましょうか」


 静かに事件の始まりを告げるのでした。


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