第57話



「それは1980年代、世間はバブル景気に沸いていた時代の事です」


 大野さんは語り手となり、ご自身がこちらの世界に持ち込んだ【謎】を含む【物語】を披露し始めました。表情は穏やかなままです。むしろ【大量殺人犯】と言う不穏な単語を聞かされた、アタシやコムさんの方が緊張した面持ちとなっていたのではないでしょうか。固唾を飲んで話の続きを待ちます。固唾の味も飽きましたね、後で、アタシ達もお茶を用意しましょうか。


「その頃には……私は妻とは死別していたのですが、残された娘と共に過ごしておりました。そして、その娘は文才を秘めておりまして……文芸誌に投稿した【恋を詠う詩】が大賞を受賞し、誌面にて発表されたのです。それは瞬く間に声望を得ました。そして彼女は天才などと持て囃されながら、文芸界にデビューを果たしたのです」


 おお……すごいですね。えっと……公募の賞って三桁から四桁くらいの応募数があるんですよ。それが一次、二次選考を経て最終選考へと到達するんです。さらに言えば……大賞は該当なしとなる事も多いんですよね。一体、何でなんでしょう? ちょっとした闇かもしれませんね。何にせよ……大賞を受賞すると言うのは、それだけの関門をくぐり抜けないと到達出来ない頂点なんです。


「僕も昔、ライトノベルの公募に応募したことがあるんですが、一次選考さえ通らず……ホームページに名前すら載せてもらえなかった事がありました。ですから、文芸で大賞を取られると言うのは……本当にとてつもない事ですよ」


 コムさんは娘さんの受賞への感想を述べました。ですが、それは恥ずかしい過去を暴露した事に他なりません。今度……その時に使ったペンネームでも聞いてみましょう。多少の【暇つぶし】くらいにはなるんじゃないでしょうか。


「また……彼女は容姿にも優れておりました。よって、書籍にも自身の写真を公開する形で掲載されたのです。それが作品と共に好評を得たのでしょうな。彼女は一躍、文芸界の新人美女作家として一世を風靡したのです」


 ああ、最近……流行ってますよね。美しすぎる何々みたいなの。あの表現って色々な方を敵に回しそうなんですが……どうなんでしょう。結局は、インターネット社会特有というか、タイトルのインパクト至上主義なんでしょうね。まあ、難しい事はアタシにはわかりませんが。


「娘の受賞作品は詩でした。そしてデビュー後には短歌や短編小説なども発表したのです。娘の作品はどれもが美しい世界感を評価されると、それぞれがベストセラーとなった次第です。彼女はその度にメディアに顔を出しました。そして……その美貌に、またも評判を上げていくのです」


 やることなす事、全てが順調と言った感じですね。羨ましいです。ほら……そこのコムさんなんて作品は一次落ち、容姿は何処に出ようが評判を上げることすらないんですよ。まったく……神様って不平等ですね。


「そんな娘に協力してくれたのが、当時の出版社の編集部でした。編集長は伊能昴いのうすばると言いまして、彼の息子で編集部の一員である伊能尊いのうたけると共に、色々と便宜を図ってもらったものです。編集長は私と同年代ですな。息子も私の娘と同年代になります」


 ほうほう伊能さんですか。ひょっとしたら、その出版社は地図も発行してたりするのかもしれませんね。そうだったりしたら……何となく素敵ですよね。わかります?


「また担当編集の宇多司うたたける和賀渚わがなぎさも、校正や編集にスケジュール管理等で助力くださいました。こちらの編集両名の助力もあって娘は大成したのです。この両者も……娘と同年代ですな」


 へー、担当編集が二人も付く事ってあるんですね。それだけ人気があったと言うことなんでしょう。もしくは……文筆系とグラビア系で分かれていたのかもしれません。それとも単に休日の関係とかだったりでしょうか。


「彼ら四名は、本当に娘をよく助けてくれました。デビュー当初には未成年であった娘を巧みにフォローして頂いたものです」


 なるほど。編集の助けがいい作品を作るとも聞きますからね。娘さんは編集さんといい関係を築けていたようです。


「ですが、そんな彼らを殺したのは……私なのです」


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