第52話



 それほど考えることもなく、アタシとコムさんは【謎】の解を見出す事が出来ました。今までに考えてきた【謎】に比べたら……これくらい簡単なもんですよ。アタシは自信満々に解答を提示するのです。


「謎の答え……それは【九死に一生】です!」


 アタシ半身はんみとなって片腕を伸ばすと……人差し指一本を突きつける形で解答を叩きつけてやりました。瀬戸さんはアタシのオーバーアクションに何の反応も見せず……無感情に口を開きます。


「ですよね。私もそう思いました。【九死に一生を得る】と読むんだろうな……と」


 どうやら正解だったようですね。ちょっと安心しました。実は言うと、瀬戸さんが大学の941期生なのかもしれないとも考えてみたのですが……そうすると、とてつもない歴史を持った大学になってしまいますので、その案は除外したんです。


「私は、そのメッセージを【一生を得た】。つまり【赤いワンピースの女】に許されたのだと解釈したんです。気づけば、周囲の空気も心霊現象独特の冷えた空気感から、普段どおりの爽やかな空気へと戻ったように感じます。私は家に帰ろうと思いました。お堂を後にし、橋へと進み、それを渡り終えた瞬間……私は襲われたのです。橋を渡り終えたところを待ち伏せされていたのでしょうね。結果的に言えば……お堂に近づいた時点で、この未来は決まっていたんです」




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「気づけば……私は猿轡を噛ませられ、後ろ手に縛られ、足首も縛られた状態で横たわっていました。襲われた際の記憶が不明瞭です。おそらく……薬品で眠らさせられてしまったんでしょうね。頭はまだボーッとしていましたが、周囲を観察すると……窓から僅かですが外が見えました。そしてわかったんです。ここは、山を下りた先の……廃墟の中だと」


 急展開ですね。さっきとは怖さのベクトルが変わってきた感じがします。


「窓からは断崖と川が見えました。まさに麓の廃墟のロケーションと同じです。私が寝かされていた部屋は、いかにも廃墟らしく散らかっていました。周囲には家具や照明等の残骸が転がっています。さらには……血痕のような跡も残されていました。そして、それは……他の残骸等よりは新しく見えたのです」


 嫌な予感がしてきました。多分ですが……その予感は正解するんでしょうね。瀬戸さんは淡々と話を続けていきます。


「私は猿轡をどうにかしようと、もがきました。そして、その行為が……犯人に私の意識が戻ったと知らせる事になってしまったんです。真っ暗な廃墟の室内、その奥の方から男が歩を進めてきます。最初はシルエットだけが見え……次第にその姿が見えてきました。細身の若い男性です。その男性は私のところまで歩み寄ると、横たわっていた私の上体を起こしてくれました。そこで彼の顔が見えたんです。途轍も無いイケメンでした。彼は私の顎を……クイッと持ち上げると、猿轡も外してくれたんです。恐怖とは別感情のドキドキを感じました。これが吊り橋効果なんでしょう」


 その事を思い出してでしょう、瀬戸さんは惚れ惚れとした表情を見せています。危険な目に遭っていたというのにたくましいものですね。まあ、イケメンに顎クイされたり壁ドンされたり床ドンされたりするのには、アタシも憧れちゃいますけど。あ! ひょっとして……瀬戸さんを廃墟に運び込んだ時は、お姫様抱っこだったりしたんでしょうか……ちょっと、羨ましいですよね。


「猿轡が外された私は、叫ぼうと試みました。ですが、彼は『知ってると思うけど……ここで叫んでも、誰にも聞こえないよ』と、耳元で囁くんです。実際に、その廃墟は周囲に人気ひとけはありません。言う通り、叫ぶだけ無駄でしょう。私が叫ぶ気を無くしたのを察したのか、彼は私から少し距離を開き……そして言うんです。『聞いたことはあるんじゃないかな。僕が最近話題の連続殺人鬼だよ』と……私は、最悪の自己紹介を聞かされたんです」


 あぁ、確か言っていましたね……女性の連続失踪事件の噂があるって。そして、それは失踪ではなく……瀬戸さんが出会ったイケメンの犯行だったと言うことなんでしょう。もはや物語は……オカルトを越えてきているように感じられます。


「彼は続けて『あの公園には、君のように興味本位で訪れる女の子が多いんだよ。だからさ……それを見ると、ついね。殺っちゃうんだ』と、そう言うんです。その顔は美しいまでに狂気に満ちた……そう、サイコパスの表情でした。ゾクッとしました。そして、彼はポケットから革製の財布のような包みを取り出したんです。それを開くと、そこには……凶悪そうなナイフが何本も入っていたんです。私は、今度こそ叫びを上げそうになりました。ですが、彼は自分の口元に人差し指一本を当てると……私の叫びを封じたんです。何故だか……私は声が上げられませんでした」


 怖い怖い怖い怖い。聞いているだけでもゾワゾワしてきます。そんな話が続いているにも関わらず、コムさんは平然としていました。人の心を持っているんですかね……この人。


「彼が近づいてきます。最期の時が迫ってきたと感じました。そして彼は私の背後に回ります。すると……彼は、私の両の手を縛る縄を切ってくれたのでした。そして言います。『あは、ビックリした? これで刺されるとか思うよね? 実際、今までの被害者は……刺殺した後に本当に……本当に細かく切り刻んだんだ。さっきまで人だった者が、物に変わるんだよ。それを自分の手で捌くんだから楽しいよね。最終的にはね、細切れサイズにまで切るんだ。それを……この周囲の山に捨てるんだよ。知ってる? この山の周囲って雑食動物が多いんだ。彼らはきっと喜んで食べてくれるよ。噂ではこの辺りにはニホンカモシカがいるって噂もあるんだ。彼らにも食べてほしいんだけど……草食だから無理なのかな、残念だね』そう発した彼の顔は美しく整っていましたが……その瞳は狂っていました」


 もう……聞いているだけで、胃の辺りが辛くなってきました。勘弁してください。


「私は死にたくありませんでした。だから、必死に懇願したんです。『殺さないで』と。他にも『何でもするから』とか『この事は黙っておきます』とか……色々言ったんですが、彼は笑って聞き流すのみです。ただ……『自首してください』と、そう言った時には彼から異なった反応が帰ってきたんです。それは『自首しないとは言ってないじゃない』と……そう言ったのです。続けて『僕は今までの犠牲者にだって、いつもチャンスをあげているんだよ。こんな不条理な事をしているんだから、僕にだってリスクがないとフェアじゃないよね? だから君にもチャンスをあげるよ』と、笑みを浮かべながらも、言うんです。そして、そのチャンスこそが……【九死に一生を得る】ものだったんです」


 ここで出てきましたか……【九死に一生】。先程の【941生】ですね。

 

「そのチャンスと言うのは……【あみだくじ】でした」


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