第44話
「ああ、これはご丁寧に。おはようございまーす」
そのゾンビは軽やかな挨拶と共に、軽やかな動作で室内へと入ってきました。
「おはようございます。ようこそお運びくださいました。こちらにソファーがありますので……どうぞ、お掛けください」
コムさんはいち早く鳩状態から脱したみたいですね。そして無鉄砲にゾンビさんに歩み寄ると、ソファーを勧めています。命知らずなんでしょうか、って……こちらの世界の住民は元から死んでいるワケですから文字通り、命知らずなんですけどね。つまり、現世の方から見れば……
「おはようございます」
「えっとね……【おはようございます】は芸能の世界とかで使われる業界用語なんだ。どんな時間帯であろうが……まず最初は【おはようございます】から始めようって意味なんだと思うよ。他にも……そういう業界って多いんじゃないかな」
ああ……言われてみれば聞いたことありますね。なるほど、業界用語でしたか。それって【ザギンでシースー】みたいな物ばかりだと思っていましたけど、割と身近に存在しているんですね。ちなみに業界用語システムに則って変換すると【ゾンビ】は【ビゾン】になるんでしょうか? すると【ビゾン】の反応が【微レ存】とか言うんでしょう。わかりにくいですね。
「だから、こちらの方はゾンビではなくて……ゾンビの役を演じていた役者の方なんだよ。ですねよ?」
コムさんはそう言うと、ゾンビさんに向き直る。
「はは、そうです。私……安哲人《あんてつと》と申しまして、しがない劇団で役者をやっておりました」
多分ですが……安さんはニッコリと微笑んだんだと思います。しかし、その表情には変化が見られません。そこで、
すると、先程まではたいそう恐ろしく見えていたゾンビの顔……それは安っぽいゴム製のマスクだったんです。よく雑貨屋さんのパーティグッズに置いてあるようなヤツでした。手にも安っぽい手袋を付けていますね……これも雑貨屋さんで見たことがあります。そして胴体の方は、ただの白いTシャツに赤黒い染みが付いただけの……至って普通の洋服だったんです。
「安っぽく見えるでしょ? こんなのでも一応……映画の衣装なんですよ」
「え……ええ!?」
かなりビックリしました。だって、
「驚きますよね。皆さん……映画と聞けば、やはり
B級映画ですか……聞いた事ありますね。たまにDVDレンタル屋さんで特集されていました。
「B級映画に出演なさっているのですか? 僕はB級映画が大好きだったのでお近づきになれまして……光栄です」
安さんに握手を求めるコムさん。安さんは気やすく、それに応えてくれました。そして、今……
「僕はB級映画の中でも、竜巻に乗ってサメが襲ってくる作品が大好きだったんですよ」
「ああ……アレは大ヒット作でしたね。降鮫量という言葉を生み出した名作です」
コムさんと安さんはB級映画について語り始めました。何を言ってるか……ちょっとよくわからないですね。きっと、わからない方がいいんでしょう。こういう時は……話題がこちらに振られない程度の微妙な笑顔で乗り切るのが得策でしょうね。
「後は……エビにボクシングをさせるのも好きでした」
「あぁ、ありましたね。あれに刺激を受けてか……イカにレスリングをさせる作品が日本でも撮影されましたよ」
何を今更……
「そんなのあったんですか……うわぁ、見たかったなぁ」
「まだありますよ。カニがサッカーのゴールキーパーをするんです」
心を無にしましょう。考えたら負けです。
「パニック系だと、寿司が襲ってくる作品も面白かったですね」
「流行りましたからね。他にもコンドームやジーンズが襲ってくる作品も出ています。しかし……最初のトマトこそがやはり至高なのでしょう」
落ち着け、
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
「申し訳ありません。脱線失礼しました」
安さんはそう言って、
「それでは本題に入りましょうか」
安さんからB級映画談義の終了が告げられました。それはそれは悲しそうな顔をするコムさん。子犬みたいな目をするのはやめてください。
「実はですね……私はB級ゾンビ映画の撮影中に、ゾンビの格好のままで死んでしまったのです」
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