第45話



 映画の撮影中に死んでしまったとは……いったいどういう事なんでしょう。第一感として思いつくのは事故死ですか。例えば……映画の撮影で用いられた銃器に実弾が入っていて、事故が発生したというのは覚えていますね。他にも模造刀が真剣になっていたという事故もありました。更には車に轢かれるだとか、ヘリコプターが墜落するだとかも……聞いたことがあります。


 しかも、厄介な事にですね……この事例はゾンビ映画の中でなら全てが成立しそうなんですよ。ほら……ンビの倒し方っていっぱいあるじゃないですか。もちろん銃は代表格ですよね。当然、刀もあります。車で轢くのも定番。そして……パニック映画のヘリコプターは必ず落ちるのです。アタシ、B級ホラーにはあまり詳しくないんですが……これくらいはすぐに思いつくんですよ。でも……もしコムさんに尋ねたのなら、もっと頓珍漢な倒し方が出てくるんでしょう。はい……絶対聞きませんけどね。


 つまり現段階で、安さんの死亡原因は【何でもあり】状態。これは下手に予想するくらいなら、安さんの語る物語を傾聴したほうが良い気がしますね。気を引き締めて行きましょう。


「そうですね……私が役者の才能に欠けた理由に語りが不得手という事がありましてですね。ですから……私の物語、それを映像作品として見てみませんか?」


 安さんから興味深い提案がなされました。この前も Vtuber さんの配信を見る形式で物語を鑑賞したことですし……最近は、こちらの世界でも趣向に富んだ語り口が増えてきましたね。アタシとコムさんは諸手を挙げ……それを歓迎したのです。




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




 中央に安さんを挟んで形で、ソファー両端に腰掛けるアタシとコムさん。その眼前には 40 インチ程の大きな液晶テレビが具現化されています。きっと、ここに安さんが関わった映画のシーンが映し出されるのでしょう。


「あまり期待なさらないでください。この作品が現世において映画化された時には、既に私はこちらの住人となっておりましたので……本当の完成品は知らないのです。ですから……今からお見せするものは、私が実際に撮影に参加して見たものを元に、私が編集・具現化したものです。あちらの世界の完成品とは異なっておりますので、ご了承ください」


 そう断りを入れる安さん。そうですね、今から鑑賞する作品は現世においては遺作と呼ばれているんでしょう。しかし、その完成は死後……だから本人にはそれを鑑賞することができませんよね。芸術系の業界って……死後になってから評価される方が数多く存在していると聞きますし、映像の世界も似たようなものなのでしょう。


「それでは【戒壇・オブ・ザ・デッド】……お楽しみください」


 その発言と共に……室内の照明が消されました。アタシの期待は膨らみます。そして、テレビに電源が入りました。それと同時にコムさんにも電源が入ったようですね。ソファーから身を乗り出すようにすると、画面を食い入るように見つめています。




 * * * 




 それは、深い海の底からやってきた。緩慢に深海から歩みを進めてきたその存在は、ついにその姿を波打ち際へと晒したのだ。しかも、その容姿は……なんとも身の毛もよだつ、恐ろしいゾンビなのであった。それは、この世界全てへの憎悪を抱えたまま……人の世に災厄をもたらしに来たのである。


【かっこいいナレーションがついてますけど……アタシには、安っぽい衣装が海水でびしょ濡れのゾンビが足を取られながらも、なんとか砂浜に辿り着いたようにしか見えません。あ……コケましたね】


 その浜辺には、美しい金髪の美女が日光浴を楽しんでいた。しかし……不幸なことに彼女は日光にその背中を向け、背中を焼いていたのだ。よって……この世の全ての悪意の塊、その驚異が間近に迫ってきたことに気づくことが出来なかったのである。そして襲われる彼女。ゾンビは容赦なく彼女の首元を歯牙にかけた。


「きゃああぁぁああぁあああぁぁ!」


 周囲には彼女の悲鳴が響き渡る。だが、助けが訪れることはなかった。そして……彼女はその生命活動を停止するのである。ゾンビは新たな犠牲者を求め……また何処かへと足を向けた。しばらくして、残された彼女の遺体は……再び動き出したのだ。その姿は大きな乳房をあらわにしたまま……新たなゾンビとなっていたのである。


【なんでこういうパニックホラーって……水着の金髪美女が最初の犠牲者になるんでしょう。しかも……必ずお色気シーンが付随していますよね。定番だから仕方ないんでしょうけど、何か他の表現って無いんでしょうか】


 ゾンビは歩みを進める。辿り着いた先は……公園であった。そこでゾンビはカップルの男女に出会う。異形の怪物に襲われた二人は逃げるしかすべを持たなかった。走って逃げるカップルに狙いを定めると、ゾンビは……駆け出した。


 そのゾンビの疾走は、まるで 100 m走のランナーを思わせるかのようであった。腿を高く上げ、腕を大きく振った走りは圧巻である。気づけばカップルはゾンビに追いつかれてしまっていた。そこで男は立ち止まる。そしてゾンビに殴りかかったのだ。彼は自分が犠牲になることで……彼女を逃がそうと試みたのである。男はゾンビと殴り合いを広げる。しかし……ゾンビの強烈なボディーブローが決まると、敢え無くダウンを喫してしまった。そして……新たなゾンビが増えてしまうのである。しかし……男との乱打戦に夢中になる余り、ゾンビはカップルの片割れを見失ってしまっていた。


【この逃げた女性が、今作のヒロインみたいですね。しかし、セリフが棒読みです。しかし……安さんの身体能力は思った以上に高いみたいですね。ゾンビが全力疾走してくるというシュールな絵面を見事に演じていますし……ボクシングも見事でした】


 その後も被害者は増え続ける。いつしか大群となったゾンビ達は近郊の街へと突入した。パニックに陥る市民。何処かに隠れる者はゾンビ達に見つかり、逃走を図る者は追いつかれ……惨劇は止まらない。遠くでは……ヘリコプターが炎を上げて墜落していた。その様を見ていた者は言う。


「こんな危ない所にいられるか。俺は逃げるからな!」


 そう言って単独行動を取った男は……敢え無くゾンビの餌となるのだ。


【なんで……こんな事態でも単独行動を取るんでしょう。もはや【死亡フラグ立て】は、伝統芸能に達した感すらありますね。ほら、歌舞伎で合いの手として屋号を叫ぶとかあるじゃないですか。それに並ぶ合いの手として……『こんな所にいられるか』なんてどうでしょう】


【よー! ○○屋! こんな所にいられるか!】 


【うん……営業妨害ですね】


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る