仮題:ゾンビ死亡事件

第43話



 みなさんはゾンビを知っていますか?


 それはパニックホラーの定番中の定番。サメに次いで人気のある題材ではないでしょうか。そうですね、例えば……何らかのウィルス感染によってゾンビとなった者に噛まれると、被害者もゾンビになってしまい……その連鎖が街をパニックに陥れるなんてストーリーが【お決まりの展開】のように思われます。


 じゃあ……ここでテーブルをひっくり返しましょう。もしもですね、最初のウイルス感染者が都会ではなく……人口密度が極めて低い土地で発生したらどうなるでしょうか。例えば……辺境の荒野地帯を想像してみてください。もしも自分がゾンビになってしまったとして、仲間を求めて周囲の人を噛みにいこうとするじゃないですか……それが遥か遠くなのです。視界に隣家が一つもないんです。あなたは決して早くはないゾンビ歩きで……ようやく隣家にたどり着きました。そこで異変に気づかれるんです。隣家の住人はあなたよりも素早い動きで、車に乗って逃げていってしまいました。あなたのゾンビ歩きの速度では絶対に追いつけません。こうして……ゾンビはまだ見ぬ仲間を求め、草原を彷徨うのでした。


 どうです? 急にゾンビという存在が哀愁を帯びたものに感じられませんか? ちょっと可哀相だって気になりますよね。

 

 本日伺うのは、そんな物語。それは私達の【退屈】を埋める、どんな【面白い】物語なのでしょうか。




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「退屈で死にそう……」

 

 それは小さめの事務所のような部屋の中、幼女が発した言葉であった。彼女はその容姿とは真逆、欠片ほどの活発性を見せることすらなく……安っぽいデスクに頭を突っ伏している。


 その向かいには男性が同じの姿勢のまま、身動き一つしていない。まるで死体のようにも見えるが……それは、ある意味では正解だ。何故ならば、彼らは死後の世界の住民であり、無限の時を……動かない事で浪費している最中であったのだ。


 例えるなら……やる気のないゾンビと言えばわかりやすいであろう。しかし……そんな彼らにもやる気が出る時があった。それは【面白い】物語を聞き、そして【謎】を考えている時なのだ。彼らは、そのような物語にだけは貪欲なゾンビのように群がるのである。しかし今、彼らの事務所には……そのような語り部は来訪していなかった。きっと彼らは、次の来訪者が訪れた時にはムクリと起き上がり……物語の【謎】を貪欲に食い漁るのであろう。


 机の天板と額を合わせて寝ている男性は小紫祥伍こむらさきしょうごと言い、幼女からはコムさんと呼ばれている。普通に普通な普通の容貌をしている。簡潔に言えば普通なのだ。他に言うべき特徴は見当たらない。


 机の天板と額を合わせて寝ている女性は堀尾祐姫ほりおゆきと言い、普通の人からはおゆきさんと呼ばれている。現世の時とは異なった、幼女の容貌をしているのには意味があるのか、ないのかは……よくわからない。


「そういえば……僕、思うんだけどさ」


 何か思いついたのだろうか……小紫は机の天板に向けて、そう発した。


「……何をですか?」


 天板で反射した音声を受け取ったおゆきさん。自身も同じく天板に向けて相槌を打つ。


「ホラー映画でゾンビとサメとか出てくるじゃない」


「まあ……流行ってましたからね」


「じゃあ……ゾンビとサメって、どっちが怖いんだろうね」


「……人間が一番怖いんじゃないでしょうかね」


「そっかそっか。言われてみればその通り」


 なんとなくだが納得は出来たのであろう。小紫は額を天板に接触させながら頷いている。窮屈な首周りが苦しそうであった。


 その後は……延々と無言の時間が続く。その間にも、彼らはゾンビとなって……【面白い】物語を捕食する機会を伺っているのだ。


 そして、その機会は……ようやく訪れた。




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「おはようございまーす」


 明るい声と同時に、事務所のドアがノックされた。小紫は跳ね上がるように起き上がるとドアの方へと足を運ぶ。おゆきさんも同様に足を向けた。しかし……体型が幼いので、小紫より到着が遅れてしまったのは仕方ない。


「すいません。ご足労いただきありがとうございます」


 小紫はそう言いながらドアを開き、来客を出迎えようとするのだが……心臓が止まるかといった表情を見せた。


 おゆきさんも目の玉が飛び出るほど、驚愕の表情になっている。




 その理由はといえば……ドアの先、彼らの視界に映っていたのは【ゾンビ】と呼ばれる存在であったからだ。


 それは文字通り……目の玉が飛び出していて、心臓が止まっている存在のことだ。


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