第42話
「まず、最初に断っておくのじゃ~。このリプレイは現世で起こったことを、敢えて Vtuber の姿で演じておるのじゃ~。実際にはアタイも彼ピもRLの容姿だったのは理解しておくのじゃ。何故に、そのような事をするかと言えば……アタイはRLでの自身の容姿が嫌いなのじゃよ。そもそもアタイは元プロレスラーだったのじゃ。問答無用でヒール役を与えられるような容姿じゃったから、それはアタイのコンプレックスだったのじゃ……」
語尾の軽い感じとは真逆の、重い話が彼女の口から語られます。
「もちろんヒール役でも、いずれは人気者になったり出来るのじゃが……アタイはプロレスには向いていなかったのじゃ。そして、若くして引退したアタイが次に選んだ道は Vtuber だったのじゃ。やってみてわかったのじゃ。アタイには Vtuber は天職じゃった。もともと演じる事は好きじゃったし……なによりプロレスと違って……表に出なくて済むのじゃからな」
覚えています。確かに言っていましたね。『何らかの役を演じていた方が気が楽』だって。
「その後 Vtuber として人気も出て、コラボで他の Vtuber さん達との交流を重ねていった結果……可愛い彼ピもできたのじゃ。アタイにとって幸福の絶頂じゃった。そして……アタイは彼ピと同棲を始めたのじゃ」
彼女は満面の笑みを浮かべて語っています。
「しばらくは幸せじゃった。だが彼ピはアタイ以上に人気のある Vtuber じゃったから、不安もあったのじゃ。特に彼ピは女性リスナーが多くてな。いつしか……アタイは彼ピの配信を監視するようになってしまっておったのじゃ。リスナーやコラボ相手に色目を使ってはいないだろうかと……アタイがそんな疑心暗鬼に捕われておったからなのじゃ。彼ピは息苦しさを感じるようになったのじゃろう。そして……ある日の夜。彼ピは出かけたまま、帰ってこなかったのじゃ。翌日は朝帰りどころではなく夕帰り。アタイはこれに怒りの声を上げたのじゃ……」
満面の笑みは、いつしか……とてもとても悲しい表情へと変化していました。
「アタイは夕帰りした彼ピを問い詰めたのじゃ。それはもう……激しく、ヒステリックに叫んだのじゃ。今思えばこの異変に、近所から通報でも入ってくれればよかったのじゃが……不幸にも、ここは防音マンションじゃった。そして……ついに彼ピは浮気を認めたのじゃ。それを聞いたアタイは【つい、かっとなって】……彼ピの頭をエルボーでガツンとしてしまったのじゃ」
デルピュネーさんは体重のこもったエルボーを、目の前で実演してくれました。自分の身体を一回転させると、その遠心力が加わった一撃は……想像しなくてもわかります。彼ピさんの小柄な体格では、その衝撃に耐えきれなかったんでしょうね。
「アタイ渾身のエルボーは見事に炸裂したのじゃ。やってから後悔したのじゃ。倒れた彼ピを確認すると……これはしばらくは起きないヤツだなとわかったのじゃ。プロレス下積み時代の同僚が、そのような気の失い方をしていたのを覚えておったので……今回もそうじゃろうなと」
なるほど。プロレス界って大変なんですね。まあ……今、聞かされている話の方が大変ではあるんですけど。
「彼ピが気を失ったのは冷静に観察できたのじゃが……アタイの脳内はもはやパニックじゃった。どうしよう、彼ピに嫌われたかもしれない。イヤじゃイヤじゃ、捨てられたくない。そんな事ばかりが頭に浮かび上がってくるのじゃ。もう涙で前も見えんくらいじゃった……そして、何か吹っ切れてしまったのじゃろうな。捨てられない為には、今を永遠にすればよいのじゃと、そう閃いてしまったのじゃ。そして、それは……彼ピを殺す事を意味したのじゃ」
涙ながらに語るデルピュネーさん。
゜・。+。・゜・。+。・゜・。+。・゜・。+。・゜・。+。・゜・。
【PM23:00 配信開始】
「こんばんじゃ~。呼ばれて飛び出てやってきました、アタイの名前は Delphyne 蛇理亞。今日もよろしくなのじゃ~」
それは前に見せてもらったデルピュネーさんの実演、配信リプレイです。ですが……前回と異なり、今回は周囲の様子までもが当日のままに具現化されています。だから
「それはそ~として、アタイね。また猫のぬいぐるみを買ったのじゃ。もう可愛くて可愛くて、ずっと抱き締めておるのじゃ。アタイの尻尾の部分でぐるぐるって感じで……って、可愛いのが似合わないとか言うな!」
【PM23:17 地震後】
「まあ、でもアタイもプロレスは得意だし……嫌いじゃないからの、今日は特別に許すのじゃ。感謝するのじゃぞ。は? いや……行き遅れババアコメントはやめろ、マジでライン越えじゃ。BBAもやめるのじゃ」
リスナーさん達と【プロレス】に興じているデルピュネーさん。しかし【行き遅れ】コメントにだけは悲壮な表情を浮かべていました。それでも【プロレス】を続ける彼女からはプロフェッショナル精神を感じられます。なんで……こんなに悲しい事になってしまったんでしょうね。
「さあ、それじゃ……後半戦のASMRの準備をするから、ちょっとだけ待つのじゃ」
そう言うと、デルピュネーさんは音声をミュートにして、横たわる彼ピの所へと向かうと……抱きかかえました。そして、そのまま自身のPC前の椅子へと腰を下ろすのです。彼ピは自身の膝に座らせていました。彼ピの髪を撫でる彼女。そしてミュートを解除しました。
「おまたせなのじゃ~。はい、いつものASMR用のマイクを持ってきたのじゃ~。ちょっとセッティングするからミュートにするのじゃ」
それだけ喋ると、再び音声はミュートにされます。もはやお気づきでしょう。いつものASMR用のマイクはそこにはありません。彼女の眼前には彼ピの後頭部が存在しています。デルピュネーさんは彼ピの耳に……ピンマイクのクリップを挟み付けました。そしてピンマイクのコードをPCへと接続するとミュートを解除します。
「……はーい。じゃあ……ここからは、A・S・M・R・の・じ・か・ん。なのじゃ」
デルピュネーさんは……そう彼ピの耳元に囁くのでした。
「今日も……お仕事……お疲れ様」
もう見たくない。そうは思ったのですが……
「寂しかったよ」
そうですよね。浮気を疑って……そして彼ピの帰ってこない夜を過ごして、寂しかったですよね。
「ん……何?」
意識を失っている彼ピは、何も彼女には語ってくれません。
「うん……大好き」
もうダメです……
「ファスナー下ろしていいよ」
デルピュネーさんは彼の首に腕を絡ませました。そして、彼ピの耳に口を近づけると……言うのです。
「一生一緒だからね」
その言葉と同時に……彼女の腕には力が込められていました。
それはまるで大蛇が絡むよう……そして、獲物の生命が奪われるまで締め続けられるんです。
「時間もちょうどいいし、今日はここまでじゃ。また……次の配信もよろしくなのじゃ」
【AM00:00 配信終了】
゜・。+。・゜・。+。・゜・。+。・゜・。+。・゜・。+。・゜・。
「アタイはその後、彼ピを背中に担いで手近の路地裏に運んだのじゃ。端から見たら母と子に見えたかもしれんの。そして……彼ピをそこに放置したのじゃ」
デルピュネーさんの独白は続きます。
「なぜ彼ピを外に放置したのかは……今となってはわからんのじゃ。多分、誰かに見つけてほしかったのかもしれんのじゃ。そして帰宅後……アタイも死のうと思ったのじゃが死ぬことができなかったのじゃ。ただ、ひたすらに怖くて怖くて……ずっと【ごめんなさいごめんなさい】と繰り返すことしかできなかったのじゃ」
自死するのは怖いことですよね。人間って……そんな簡単に自殺なんてできないんですよ。
「その数日後……警察が来たのじゃ。その時アタイは理解できたのじゃ。アタイは逮捕されるのじゃろうなと。そう思ったら……勇気が出てきたのじゃ。だって……逮捕されては自殺できないじゃろ。これが最後のチャンスだと思ったら、気づけばアタイは駆け出しておったのじゃ。足はベランダへとアタイを運んだのじゃ。そして……そこから飛び出したのじゃ。これがアタイの現世、最後の記憶なのじゃ」
こうして……彼女の語る事件の【謎】は解決しました。それはアニメキャラのような Vtuber が語る…‥胸が張り裂けそうな悲劇です。
「今、こうやってアタイの話を語って回っているのも、こちらの世界で彼ピと再会したいからなんじゃが……果たして、再会できるのじゃろうか?」
デルピュネーさんは明るい口調で、そう発しました。どうなんでしょうね……彼ピさんが彼女をどう思っているかはわかりません。再会しないほうがいいのかもしれません。
「問題もあるとは思いますが……その【問題】が解決できるだけの時間があるのがこちらの世界です。ですから、いずれ再会できるのではないでしょうか」
コムさんが優しく、そう返答しました。そうですね。ここは【謎】が解決できるだけの時間がある世界なんです。きっと【問題】だって解決できますよ。
「完全にアタイが悪い事件じゃからな……アタイのやった事には弁解はしないのじゃ。だから、アタイの考えが理解できないなら低評価ボタンを押してくれなのじゃ~」
コムさんの返答にデルピュネーさんはそう言うと……最後に口を開きます
「それじゃ、またなのじゃ~。本日の雑談が面白いと思っていただけたのなら……チャンネル登録、高評価ボタンを押していってくれるとありがたいのじゃ~」
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ここは、いつもの事務所風の部屋。デルピュネーさんは次にも話を披露する場所があるとかで、そちらへ向かわれました。
「すごい物語でしたね」
平凡な感想を口に出した
「うん……最初に蛇の格好のデルピュネーさんが入ってきた時は、どうなるものかと思ったものだよ」
コムさんは
「そうですよね。最初はふざけた話になるのかなって思ってたら……」
ああ、ダメだ。思い出したら涙が出てきます。そして……会話を継ぐ言葉が出てこないです。
「……悲しい話だったね」
コムさんが
「デルピュネーさんが、彼ピの耳元で【一生一緒だよ】と言いながら締めていた所は……もう、悲しくて悲しくて」
「その時の彼女は……いったいどんな気持ちだったんだろうね」
コムさんは、またも後を継いでくれました。
でも、それは言いません。その気持ちは……デルピュネーさんが再会を果たした時に伝えることなんでしょうから。
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少し時間が経ったことで、
「ところでですね、もしも Vtuber になれるんだったら……コムさんは何になりたいです?」
「うーん……どうしようかな。ちょっと考えるから、先におゆきさんだったらどうするのかを聞かせてよ」
「
どうです? 可愛くないですか?
「ありきたりじゃない?」
コムさんに痛いところを突かれてしまいました。だったら自分はどうなんだって、そういう話です。
「そうだね……今回の話で Vtuber に興味も湧いた事だし、僕は【バ美肉おじさん】になってみたいかな」
これは……予想外の答えが返ってきましたね。
それじゃ……コムさんに、その内に【バ美肉おじさん】をやらせてみましょう。
それで、しばらくは【暇潰し】ができそうですよね。
第4話 『考察ASMR絞殺』 了
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