第40話




 扇情的な余韻を残しながらも……デルピュネーさんの配信リプレイは終了しました。これは登録と高評価ボタンを押さざるを得ないですね。しかしボタンはありませんので……拍手でアタシの意を伝えようと思います。


 パチパチパチパチ。


 途中からコムさんも拍手に合流してくれました。アタシ達の拍手にデルピュネーさんも嬉しそうです。


「この日の配信は地震もあったが好評じゃったの。スーパーチャットも沢山貰えたのじゃ~。これで好物の冷凍マウスが沢山買えて嬉しいのじゃ~……と、そんな事を思っいながら就寝したのじゃ。そして次の日……アタイに連絡があったのじゃ。アタイの彼ピが、近所の路地裏で遺体として発見されたのじゃと……」


 さっきまで、妖艶な配信を見せられていたかと思えば……ついに死にまつわる話が開始されてしまいました。話題が吹っ飛ぶどころではありませんね。今回の物語は展開の陰陽が激しすぎます。


「彼ピは早朝に発見されたらしいんじゃが……殺害手段は扼殺やくさつ。前頭部に殴打された痕跡もあったそうじゃ」


 扼殺って……あまり聞かない言葉ですね。どんな死に方なんでしょう。


「扼殺は絞殺こうさつと似ていて、どちらも首や喉を押さえつけられた時に用いられるんだ。死因は窒息になるのかな。もしくは頸動脈を押さえつけられ……俗に言われる【落ちた】状態になったまま、脳への血流が止められたとかで死んだ時もそう言うのかな。で、その二つの大きな違いなんだけど、絞殺は紐状の物で締め付けた場合に用いられて、扼殺は手や腕で締め付けられた時に使われるんだよ」


 もはや阿吽の呼吸ですね。アタシの表情を察して、コムさんが解説を入れてくれました。


 しかし、締めたのが紐か手で用語の違いがあるんですね。つまりは……必殺仕事人の三味線の糸で悪人を倒す手法は絞殺みたいです。扼殺は、なかなかイメージが湧かないのですが……メロドラマなんかの【つい、かっとなってやった】的なのは扼殺なんでしょうね。


「そして、数日後……アタイの自宅。いや、アタイ達の自宅に警察が訪れたのじゃ。アタイは用件を言われるまでもなく……わかっておった。その用件とは……アタイの逮捕なのじゃと」


「逮捕って……デルピュネーさんが殺したんですか?」


 アタシは聞いてから、聞かなければよかったと後悔しました。だって……おそらくは、それがこの物語の【謎】なんでしょう。今、聞くべきことではありません。


 ですが、アタシの言葉を聞いたデルピュネーさんは気を悪くしたようには見えません。それどころか、彼女は微笑みを浮かべていました。それは……なんとも悲しげな微笑みに見えました。


「そうなのじゃ……【つい、かっとなってやった】のじゃ」




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




 まさかの自白に場が凍りました。まるで蛇に睨まれた蛙のように……。アタシ、上手いこと言いましたね。なんて、ふざけている場合ではありません。沈黙が場を支配しています。


「いやいや、そんな深刻な顔をしないでほしいのじゃ~。これは痴話喧嘩がエスカレートして起こった事故なのじゃ。事故と言っても、完全にアタイが悪い事故だったのじゃ~」


 沈黙を破ったのはデルピュネーさんでした。無理に明るく振る舞っているようにも見えますね。ホント、アタシが迂闊な事を口に出さなければ良かったのに……反省しましょう。


「ところでじゃな……このままでは、この話には【謎】がなくなってしまうのじゃ。そこでアタイは、最後に一つ情報を出させてもらおうと思うのじゃ……いかがじゃろう?」


 彼女の明るく振る舞っていた雰囲気は一変しました。それは太古より神と賛えられる蛇こそが持つ威厳。それを後光として彼女は語り続けます。


「実はな……彼ピの死亡推定時刻は23時から翌日0時であったのじゃ。ご存知じゃろう。アタイはその時間に何をしておった? そう、配信なのじゃ。アタイにはアリバイとやらがあるぞ。これを……今回の【謎】として提示させてもらおうと思うのじゃ~」


 唐突に【謎】が出題されました。まだまだ、デルピュネーさんは話を続けます。


「……そして、もう一つ。アタイはいったい何者なのじゃ? これが二つ目の【謎】なのじゃ」


 予想外の【謎】も提示されました。何者と言われても…… Vtuber としか思い浮かびません。更に続けて、彼女は発します。


「それでは……アタイの次回配信まで、ゆっくり考えてくれると嬉しいのじゃ」


 その言葉は……アタシ達の長い長い推理の時間の始まりを告げるものとなりました。


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