第32話



「うーん、うーん……」


 アタシは壁の文字の謎について色々と考えてみました。そもそも壁にかかれた二つの言葉には見覚えがあります。それは最初の密室脱出ゲームで、トレーラーハウスの中に隠されていた二枚のカードに書かれていたものと同じでした。


 あの時は暗証番号の謎を解くため、干支の順番を示唆するものだろうと結論づけた気がします。ですが、これがもう一度出てきたという事は……何か別の意味があるんでしょうね。ちょっと考え方を変えて攻めた方がいいのかもしれません。


 アタシが文字の謎を色々と考えていた時、周囲から会話が聞こえてきました。


「小紫さんも……お好きなんですか?」


「そうなんですか、嬉しいです。今度一緒に感想でも語り合いませんか?」


 会話と言うには不適切ですね。コムさんの声はアタシの所まで届きませんでしたので、アタシに聞こえるのは乃済さんの声だけです。それはおそらく、普段の声よりトーンを高くしたものなのでしょう。だからアタシの所には乃済さんの声だけが届くのです。まったく……あざといなぁ。アタシに喧嘩でも売ってるんでしょうか。でも、今は謎には関係ない喧嘩をしてる場合じゃありませんね。


 多分ですが、コムさんはもう解けています。だから会話をしているのでしょう。負けてられません。早く謎を解きましょう!

 



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 それからしばらくして、少し思考を変えてみたところ……答えに辿り着いたかもしれません。【関係ない喧嘩】が気づかせてくれました。えっと【関係ない喧嘩】というのは、逆から読んでも【関係ない喧嘩】と読めます。そこを着想としたんですよ。わかりますか?


 アタシはコムさん達の方に近づいていきました。


「これって……アナグラムですか?」


 コムさんと乃済さんの会話にずいっと割り込みます。ええ、ずいっと。


 アナグラムと言うのはですね。例えば【きのこたけのこ】という言葉があったとして、それを並べ替えると【ここのきのけた】になります。漢字にすると……【ここの木、除けた】でしょうか。だからどうしたと思うかもしれませんが、シチュエーション次第では……木の有る無しがトリックに繋がる事もあるかもしれません。要は単語の一音一音を並べ替えて、別の意味をみつける事……それをアナグラムと言うんです。


 そして、今回はそれを利用しましてて【次丁巳】。これを平仮名にすると【つぎひのとみ】。更には並べ替えて【みとのひつぎ】になります。


 次は【日乙巳】。同様に【にちきのとみ】。これは【みとのきにち】ですね。


 まとめますと……【水都の棺】と【水都の忌日】になるんです。


「多分、そうだろうね」


 コムさんがアタシの問いに同意してくれました。ですが乃済さんの方は無反応です。その無反応、いつまで持つんでしょうね。さあ……それでは正解を叩きつけてやりましょう。いきますよ……くらえ! アタシは乃済さんに指を突きつけ、答えを指摘してやるのでした。


「棺と忌日。これが壁の文字が指し示すメッセージです」


 彼女はその言葉を受け取ると……アタシの方に向き直り、口を開きます。


「正解だと思います。恵愛は……このコンクリートの建物が私の棺で、今日が私の忌日だと言いたかったんでしょう。ホント、バカバカしい」


 彼女の表情は、まるで虫けらを踏む時のような……そんな悪意を含んだものへと変わる。そして、その顔のまま……そう発しました。


 でも、乃済さんはいいとして……恵愛さんの方もエグいですね。先程の壁では寝取られた事への恨み。そしてこちらでは明確な殺意を伝えてきています。他人事ですが……つくづく女の情念ってヤツは恐ろしいものですね。




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 壁の文字の謎は解けましたが密室からは出れません。当然でしょうね。恵愛さんはここを棺にしようと言うんですから、ここから出す気は皆無に決まっています。冒頭にコムさんが提示したクイズのような状況になってしまった以上、現世の人間に脱出手段はありません。後は飢えて死ぬのを待つのみでしょう。もしくはゾンビになればワンチャンあるかもしれませんが……。


 と、その時……大量の資材が山積みされていた場所から出火したのです。一斗缶に有機溶剤でも含まれていたのでしょうか、炎は急激に勢いを増していきます。その炎は大きめの木材にも燃え移りました。もはや、消化器を持たぬ人の手には消火不能でしょう。しかも、この空間は調査の結果……密室どころか、密閉されている状態に近く……先程は飢えて死ぬと言いましたが、このままでは酸欠の方が先になってしまうでしょう。


「付いてきてくれますか?」


 そう言葉を発した乃済さんの顔からは、感情的な要素を一切感じることが出来ませんでした。先程までの良くも悪くも感情的な表情は霧散して消えています。声色も無感情で無機質に聞こえました。そして彼女はトレーラーハウスの下を潜ると、臼の下側の空間へと戻るのです。アタシ達も言われたまま、それに付いていきました。乃済さんはトレーラーハウスの中へ入ると、少しして彼女は出てきました。


 その手には調理用の小型ナイフが握られています。それは、私がトレーラーハウスで調べた物でした。乃済さんも料理に使っていたと思います。


 アタシ達はそれを、ただ見つめることしか出来ません。


 乃済さんは、いつの間にか覚悟を決めたかのような面持ちへと変わっていました。


 そして、その片手にはナイフが握りしめられており……彼女は口を開くのです。


「これが最後の問題です。この後……私は何をしたと思いますか?」


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