第30話



 それから……アタシとコムさんは、この密室の脱出方法を求めて壁や床を精査していきました。コンコンと叩いて音に変化がないかを調べたり、いかにも怪しいですと言わんばかりに壁の継ぎ目がないかも、睨むような目つきで調べたのです。


 そして結論はと言えば……異常ありませんでした。




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 こうなると、残されたヒントは壁に赤く書かれた【6・3・8・9・10・10・1・5】ですが……実はアタシ、これに関してはもう解けています。建物内を調査している間には、答えに辿り着いていたのですが……果たして、これの意味を聞くべきなのか。それを迷っているうちに、調査は終了してしまったのです。


 ですが、こうなると……聞くしかありませんね。アタシは乃済さんの方に向き直りました。


「えっと……【みと ひさとと ねた】って、どういう意味なんでしょう?」


 アタシは頭の中に思い浮かんでいた嫌な予想を振り払うと、静かに彼女に問いかけました。


「どういう……と言われても、そのままの意味ですよ」


 アタシの嫌な予想は……多分、正解でしょう。


「私……彼氏が出来たって言いませんでしたっけ? それがヒサトなんです。死んだ時には、とっくに別れた後でしたが」


 うん。それは覚えています。その時は何も思う事はありませんでしたが……そこの行間を読めば、もっと深い意味があったんですね。


「別に隠すことはないですし、言っちゃいますけど……私、恵愛からヒサトを寝取ったんです」


 嫌な予想は完全に的中していました。アタシには……乃済さんの雰囲気が一変して見えてきます。最初は清楚で真面目な男ウケの良い文系女子かと、そう思いました。ですが、今となっては懐中電灯の灯りをかすかに受けているのが不気味さを増していて……まるで、その皮の下には鬼か悪魔か捕食者が潜んでいたのだと……そう思えるのです。


 乃済さんは飄飄ひょうひょうと、何ら悪びれることなく話を続けます。


「最初に彼氏が出来たのは恵愛なんですよ。それで、私はお祝いしたんですけど……次第に欲しくなってきちゃいました」


 コムさんの眉がひそめられています。多分、彼には理解できない感覚なんでしょうね。


「だって……他人が持っているということは、それだけ価値があるという事じゃないですか?」


 アタシとコムさんに口を割り込む余地はありません。


「要は需要がある存在だったということです。でしたら、それが欲しくなって何が悪いんですか? だから、私……恵愛からヒサトを寝取りました。ヒサトも満更ではなさそうでしたよ。そして、ヒサトは恵愛よりも私を愛してくれるようになったんです。あとは、当然ですけど……私と恵愛は疎遠になりました。それからしばらくして、このミステリーツアーの話が来たんです。時間も経った事ですし、禍根は水に流れたのかなとも思ったんですけど……この部屋のメッセージを見て気づきましたね。恵愛は私を殺そうとしてるんだって」


 まだまだ、乃済さんの話は続きます。


「おかしな話ですよね。だって私がヒサトを寝取った後、恵愛はお金持ちのおじさんと交際を始めたんですよ。逆に私は、他人の物ではなくなったヒサトには価値が感じられなくなったので捨てました。その後、私はずっと彼氏が出来ないまま、仕事ばかりしていたんです。その間にも恵愛はおじさんとよろしくやっていたんでしょう。普通、殺意を覚えるなら……逆ですよね?」


 コムさんの眉間のシワが深くなっていきます。多分……アタシも同じなんでしょうね。


「反応が微妙ですね。なんでしょう……ヒサトを捨てたってトコロですか? それとも、殺意の話です? その話で……何か私に悪いところでもありました?」


 その問には……何も答えが返せません。乃済さんの言うことの大筋は、モラルに反しているとか常識的に考えてとか……そういうキレイ事で批判することはできるんでしょう。ですが、それを言う気にはなれません。なぜなら、アタシにも全部ではありませんが……少しはそれを理解できる気持ちがあったんです。他人の物が欲しくなる……多分、わかる人もいるんじゃないでしょうか。みんな、そう思うことはあるんですよ。ただ、それを行動するかしないか……それが乃済さんと他の方との違いなんでしょう。


「えっと……何か勘違いしてるのかもしれないけどさ。この世界は閻魔様の世界じゃないんだよ。つまりはね……誰かが誰かを裁く、そんな場所じゃないんだ。だから良い・悪いというのも考えない方がいいんじゃないかな。僕はそう思うんだけど」


 重い沈黙を破ったのはコムさんでした。その言葉にハッとします。その通りですね……この世界は裁かれる為に存在している世界ではありません。善悪追求のようなギスギスする事で時間を消費するよりは、面白く過ごしたい。それこそがこちらの世界の真理なのです。アタシは頭の中のモヤモヤした感覚を振り払いました。


「流石です。素晴らしいことを仰いますね」


 乃済さんからは、先程までの鬼か悪魔か捕食者を思わせるような不穏な気配がサッパリと消えていました。まるで他者の人格に憑依されていたのが、己の魂を取り戻したかのように……清楚な文系女子の雰囲気を醸し出しながら微笑みを浮かべています。そして……


「それではゲームを続けましょう。恵愛の殺意を認識した私は、ここから脱出しようと試みました。そして、この密室からは脱出する事が出来ました。さあ……どうやって出たと思いますか?」


 彼女は、不敵な笑みを浮かべながら……そう出題してくるのでした。


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