第27話



 アタシはトイレから出ると、【戊辰】と書かれたカードを手に考え込みます。


 ぼしん……せんそう? 確か 1868 年でしたね。明治新政府と幕府勢力との間での戦争です。鳥羽・伏見の戦いを初戦に江戸城の無血開城や白虎隊、箱館の戦いなどが有名ですね。そこから示唆されそうなイメージとしては錦の御旗・新式銃・勝海舟や五稜郭でしょうか。五稜郭の形とかミステリーに使われそうですね、ちょっと留意しておきましょう。


 謎の人名よりは参考になりそうなヒントの登場に、アタシは上機嫌になりました。そしてトレーラーハウス中央……まだ未探索の残された秘境に向かいます。その秘境はクローゼットみたいですね。いや、クローゼットと併用した収納スペースというのが正確なようです。そして、そこには先客がいました。コムさんです。トレーラーハウス左側の探索を終えて、ここに来たところみたいですね。


「何かあった?」


 収納スペースの折りたたみ式のドアを全開にしたまま、その前に立つコムさんはそう言いました。


「ありましたよ、大漁です」


 アタシはそう返事をしました。そしてアタシも収納スペースを覗き込みます。


 その上部には金属製のバーが取り付けられていました。これにハンガーをかけ収納するんでしょうね。しかし、今は何の衣類もかけられてはいません。そうなると下部に目が行きます。そこには雑多な物がありました。いかにもな収納スペースらしく、なんら関連性のないものがぞんざいに置かれています。アタシとコムさんは、それを一つずつ手に取ると、詳しく調べていきました。


 えっと、まずは小物からいきましょう。これはドライヤーですか……特に怪しいところはありませんね。次はくたびれたボストンバッグ……中には何も入っていませんでした。USB充電式の小型扇風機……これ、とても便利ですよね……そして不審な点はありません。非常用の懐中電灯も同様です。何の手がかりも得られません。強いて言えば……そのスイッチを入れると光ったので、この懐中電灯は使える事はわかりました。


 さあ、次は大物ですね。見た所……布団が1セットありますね。アタシは軽そうな掛け布団を取って調べることにしました。コムさんは敷布団をお願いします。さて、布団を二枚取り出したらですね……それが取り出されたスペースからは臼が出てきました。布団の下にあったことで、隠れていたみたいです。そもそも、なんで臼がこんな所にあるんでしょうね? 気にはなりますが、その調査は後回しにして、掛け布団を調べましょう。


 アタシは掛け布団の綿までも調査しましたが、何も見つけることは出来ませんでした。コムさんは、まだ敷布団を調べているみたいなので、気になっていた臼を調べましょう。アタシの体格では、その臼はとても重く感じたのですが……何とか引っ張り出すことが出来ました。その間にコムさんは敷布団の調査を終えたのでしょう。アタシとコムさんは臼を一緒に眺めました。


 さて……臼という物は杵がワンセットになっていて餅つきに使われるといったイメージがありますよね。でも、この収納スペースに杵はありませんでした。そして臼の上部、お餅が突かれる凹んだ部分ですね。ここには、なんと……文字が書かれていたのです。


 それは【9・3・2・6・1・8・11・5】と記されており、その文字色は……血を思わせるような赤い色をしていました。




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 手分けして行ったトレーラーハウスの調査は無事に終わりました。アタシは自分の発見物の【次丁巳】【九十九百恵】【峰仙一】【戊辰】のカードをコムさんへと渡します。するとコムさんも自身の発見物をアタシに差し出してくれました。


 それは……やはり見知ったプラスチック製のカードです。枚数も四枚で、アタシが探しあてたのと同じですね。


 それでは、一枚一枚を見てみましょう。


【一ノ瀬五十鈴】一枚目のカードにはそう書かれていました。アタシの方にも存在した人物シリーズは、コムさんの方でも同様みたいですね。じゃあ、二枚目は……。


【佐藤万由】人物シリーズは絶賛続行中ですね。いったい誰なんでしょう。気になりますが……三枚目に行きましょう。


【壬申】ああ、これはアタシの見つけた【戊辰】と関係がありそうですね。とりあえず細かく考えるのは後回しにしましょうか……最後、四枚目。


【日乙巳】なんだこれ? 一瞬、逆さにしても同じ文字になるんじゃないかと思ってひっくり返してみましたが、残念。ひっくり返したら、ほんのちょっとだけ違っていました。惜しいですね。


 この四枚がコムさんから渡されたカードです。なんとなくですが、アタシが見つけたものと方向性は同じな気がしますね。見つけた場所も聞いてみたんですけど、隠す方向性も同じだったみたいで……それらは隠す気もないような場所に置かれていたそうです。




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 探索を終えたアタシとコムさんはトレーラーハウス内のリビングに移動すると、そこに併設されたフカフカなソファーに腰をかけました。乃済さんはソファーから少し離れた位置で、アタシ達を眺めています。今、アタシの手の内にはカードが八枚あり、ソファーの手前には臼も置かれています。これは重そうだったのでコムさんに運ばせました。


 アタシとコムさんはソファーに並んで座ると、その手前にちょっとしたテーブルを具現化させます。これで謎について考える準備は出来ましたね。それでは……推理を始めましょうか!


「じゃあ……まずは、これから考えましょうか」


 アタシは具現化された小さなテーブルにカードを分類別に並べて行きます。


 カードは八枚。その内容は【一ノ瀬五十鈴】【佐藤万由】【九十九百恵】【峰仙一】【壬申】【戊辰】【日乙巳】【次丁巳】です。


「人名はひとまず置くとして……わかりやすいのは【壬申】と【戊辰】ですよね」


 アタシは推理の初手にその二枚を選びました。コムさんも頷いて同意を示してくれます。


「どちらも歴史的事件に関連がありそうだね……壬申の乱と戊辰戦争。ただし残りの二つは……よくわからないかな」


 コムさんもアタシと同じことを考えていたようです。そしてアタシ達は残り二枚に傾注するのでした。


 コムさんは【日乙巳】のカードをひっくり返したり、戻したりしています。そうですよね、思いますよね。知恵者は同じ道を通るものなのです。そんな事を考えながら、カードをがひっくり返されたり戻されたりを繰り返しているのを見ていたら、脳内にビビッと衝撃が走りました。これは……気づいてしまったかもしれません。


「この【日乙巳】の二文字目と三文字目って乙巳いっしじゃないですか?」


「うん。それは知ってた。でも日が付いてるから意味が変わってくるんじゃないかな……どうだろ、おゆきさんはわかる?」


「あーしが思ったのはですね……乙巳の変ってあるじゃないですか。要は大化の改新です。 645 年の出来事なのは有名ですよね。壬申の乱は 672年 。戊辰戦争は 1868年 。【日】って付いてるのは……その発生年を指してるんじゃないかなって思ったんですけど」


 あーしはちょっと早口に気づいた事をコムさんに語りました。


「ああ、そうだね。そもそもが暗証番号を探せってゲームなんだから、数字で考えるのが筋だと……僕も思うよ」


 コムさんからは、あーしの意見への賛同が発せられました。嬉しいですね。それじゃ、数字を本線として考えてみましょうか。


 あ、そっか……数字に注目したら、すぐに別の事にも気がつきました。


「人名にも数字が含まれていますね」


 こんがらがった糸が解れていくような感覚を感じるあーし。この勢いで暗証番号を解き明かしてやりましょう。


「一ノ瀬五十鈴には1と 50 、佐藤万由には 10000、九十九百恵には 99 と 100 、峰仙一には 1001 かな」


 コムさんは人名の数字を列挙してくれました。さあ、残るは【次丁巳】ですね……これが難しい。でも、今の神がかったあーしには、ちょっと思い当たることがあります。最初に発見した時にはサッパリでしたが……わかっちゃいましたよ。


「あーし、気づいたんですけど……丁巳ひのとみって和暦の紀年法ですね」


 あーしは自信満々に言いました。


「そうそう。だから……【次丁巳】っていうのは丁巳の次の年、つまり戊午つちのえうまを指してるのかな。もしくは次が丁巳の年だとすると、丙辰ひのえたつだ」


 コムさんはアタシの意見を補足するかのように発言を続けました。アタシだって……そ、それくらい前から気づいてましたよ。


「そうすると……後は、臼に書かれていた数字かな。【九・三・二・六・一・八・十一・五】。この数字とカードの謎を解いたら、きっと暗証番号になるんだろうね。ただ、ちょっと怖いのは何桁かがわからない事かな」


「ん? どういう事です?」


「えっとね……入力キーにENTERキーがあったでしょ。つまりね……ATMのように数字を四回入力したら、勝手に次に進んでくれるわけじゃないんだ。答えだと思った数字を入力し終えてから押さなければいけない。極端に言えば暗証番号が一桁だったら、数字を一回打つだけでENTERを押さないといけないし、六桁だったら六回数字を入力してENTERを押すって感じかな」


 暗証番号って四桁が相場だと思っていましたけど……言われてみればその通りですね。


「だから四桁だろうとか思い込むわけにもいかないよね。だって1回しか入力できないんだから」


 そっか……そう考えると怖いですね。桁数もわからない状態で絞り込むのは骨が折れそうです。




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 カードについての情報交換を終えたアタシは、思考の沼に深入りしていきます。ああでもないこうでもないと考えていると、まるで底なし沼のようにも感じました。そして、アタシが底なし沼に首まで沈んだ時……その視界に映るのは、キッチンで料理をしている乃済さん。きっと、アタシ達が考えているだけの様を見ているのに飽きたんでしょうね。


 それからしばらくして……遂にアタシは沼に沈みきったのです。視界には何も映りません。


 単純に言えば……目を閉じて、暗証番号の謎の解明へと没入したのです。


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