第23話



 乃済さんの衝撃の告白に、アタシとコムさんは唖然呆然としています。いえ、唖然呆然どころか物議騒然。いったい、このミステリーツアーの殺人は理路整然に解明がつくのでしょうか。現世によくありそうで、実はほとんど存在しないであろうシチュエーションに対して、アタシとコムさんも興味津津です。アタシ達は乃済さんの話が続けられるのを待つのでした。


「いよいよ、その日がやってきました。私は電車を乗り継ぎ都心から離れると、降車駅からはバスに乗りかえたんです。風景は段々と人里を離れていきました。そして降りるよう指定された停留所から少しばかり歩いた場所には、大きなトラックと……それに繋がれていたトレーラーハウスがありました。私はそれに近づいていきます。するとトラックの運転席から黒服の男性が降りてきました」


 ところで思うんですが……黒服って便利ですよね。たかだか漢字二文字なのに、大抵の方はサングラスをかけた謎の短髪男性のイメージを持つんじゃないでしょうか。わずか二文字でここまで伝わる人物像ってすごいですよね。でも、一応……確認だけはしておきましょうか。


「その黒服って男性ですか?」


「はい。角刈りと言うんでしょうか……そういった髪型でサングラスをかけている男性です。体格も男性の平均よりは大きかったです」


 はい……だいたい思った通りでしたね。やっぱり黒服のイメージはみんな共通なんでしょう。


「その男性は、私に『乃済水都さんですか?』と尋ねてきました。ですので私は免許証を取り出すと、私がその当人であると証明しました」


 アタシも慣れたものです。今の発言には気になることがありますよね……わかりましたか? それはですね、乃済さんは免許証を取り出したと言ったんです。何の免許証なんでしょうね。こういうトコで自動車運転免許だって決めつけて考えると……後で手痛いしっぺ返しを喰らうんです。アタシ知ってますからね!


「免許証って……何の免許です?」


 アタシは自身満々に隠された免許の謎に迫りました。今のアタシは、まるで安楽椅子探偵のようです。


「自動車運転免許です。AT限定ですが……」


 まあ、まあ……空振る事もありますって。ほら三回、空振るまでは大丈夫なんですよ。ね?


「おゆきさん……あまり話の腰を折らない」


 コムさんから注意を受けてしまいました。アタシは膨らむ頬をもって返答とします。乃済さんは、そんなアタシ達を何の気にすることもないまま、話を続けました。


「黒服さんは私が目的の人物であると確認できたのでしょう。私は免許証を返してもらいました。そして黒服さんは私をトレーラーハウスの方へ案内してくれました。そのトレーラーハウスは思っていたよりも大きかったです。私もこちらの世界に来てから知ったのですが、40フィートサイズの物で……わかりやすく言うなら12m程の横幅がありました。外壁はコンテナのような無骨な見た目をしていて、かなりの厚みがあるように感じられました」


 コンテナってアレですよね。港の方に行くと、たまにトラックが牽引してて……何か凸凹でこぼこした鉄板で出来ている箱。ちょっと地価のお安い地域とかに契約物置として置かれていたのも見たことがあります。


「そのコンテナの側面中央に金属製のドアがありました。かなり頑丈そうなドアです。ドアには窓がなく内側を見ることが出来ません。それから黒服さんはプラスチック製の折りたたみ踏み台を用意し、それに上ると、そのドアを開きました。そして彼は『このドアは閉じられると、内側からは謎を解かない限りは開きません。そういった趣向の密室脱出ゲームですので、申し訳ありませんがスマートフォンを預からせていただいてもよろしいでしょうか?』と、事務的に口を開きました。謎を解くのにスマートフォンを使用されたくないのでしょう。私も自分の知識だけで謎を解くのが本筋だと思いますので、その挑戦から逃げるつもりはありません。私はスマートフォンを黒服さんに預けました」


 乃済さん、ミステリーに関しては真剣みたいですね。彼女の見た目からは『挑戦から逃げるつもりはありません』なんて言葉は想像できないんですが、自分の得意分野で挑まれたのなら……話は別みたいです。思ったよりも怖い人なのかもしれません、この人。


「スマートフォンを預けた後、私も踏み台を上りました。そして黒服さんが開いたままにしていたドアから……トレーラーハウスの中へと足を踏み入れたんです。トレーラーハウスの内部は思った以上に広く感じました。中央のドアから室内に入ると、左手側には寝室がありました。右手側にはキッチンとリビングが兼用の空間。さらにトイレも併設されていました。他にも収納スペースなどが存在していて、一人、二人なら十分に生活できる程です」


 へー。聞いてみるとトレーラーハウスって過ごしやすそうな空間なんですね。今のオフィス風の部屋にも飽きてきました事ですし、次はトレーラーハウスにしてみるのも面白そうです……と、思った瞬間。辺りの景色が変わりました。これは……乃済さんが語っていたトレーラーハウスでしょうか? 確かに左手には寝室があるように見えますし、右手にはキッチンがありますね。


「すいません。説明だけでは伝わらないかと思って……変えてしまいました」


 どうやらトレーラーハウスを具現化したのは乃済さんみたいです。彼女は深々と頭を下げ、勝手に周囲を変化させたのを謝罪しました。


「いえいえ、この方がわかりやすいですよ。流石ですね、素晴らしいです」


 そして、コムさんはそれを絶賛するのでした。いや、褒めすぎでしょ。


「私がトレーラーハウスを探索しようと一歩踏み出した、その時……背後からドアが閉まる音がしました。それは外界から断絶された事を意味するのには十分な程に……重厚感を感じさせる音でした」




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