第22話



「私……乃済水都と言います」


 ソファーの中央に座る女性は、慎しやかな声で自身を乃済水都【のずみみと】と名乗りました。


「これは、ご丁寧にありがとうございます。僕は小紫……」


「コムさんでいいですよ」


 コムさんがフルネームで自己紹介をしようとしていたので、アタシは口を割り込み……


「あーしは堀尾祐姫でーす」


 そして、あーしも自身の自己紹介を極めて簡潔に済ませたのです。

    



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




「私、高校の時に親友が出来たんです」


 乃済さんは静かに語り始めました。その雰囲気に、アタシとコムさんは傾聴します。


「私、見ての通り地味なんです。だから高校に入学しても友達ができなくて……」


 ああ……今で言う【陰キャ】ってヤツですかね。アタシ、人間を陰陽の二種類に分類してしまうってどうかと思うんですよ。二種類での分類って、わかりやすいところで言えば男女。そのレベルの分類法ですからね。しかも、今では第三の性とかまで認められているみたいですし……陰陽の二つだけで、その人を決めつけるのは乱暴だなって……そう思います。


「ある日の事です。お昼休憩の時に、教室の自席でお弁当を食べながら……私は趣味のミステリー小説を読んでいました」


 良かった。トイレでお弁当を食べているとか聞かされたら……どんな顔をしていいか困っちゃいますからね。


「その時、私の読んでいた本に気づいたクラスメイトがいたんです。そして『あ、それエモいよねー』って、そう話しかけてくれました」


 友達ができる王道パターン、趣味の共鳴ですね。ここでやってはいけない事は……趣味が共鳴したからと言って、早口で語りまくってはダメです。


「その子は浮野恵愛と言います。今風な見た目で、髪色も茶色に染めていた人から話しかけられて、私は萎縮してしまいました。でも……恵愛は私が読んでいた本に詳しいだけではなく、他のミステリーにも造形が深くて……気づいたら、二人でミステリーについての会話に興じていたんです」

 

 浮野恵愛……【うきのえま】さんですか。ちょっとギャルっぽい感じですね。ちなみに【エモい】と言うのは【感傷的になる】的な意味合いのギャル語です。


「私と恵愛は、他の趣味でも馬が合っていました。二人共がミステリー以外にも歴史小説を好んで読んでいたり、恋愛系の小説も同じ系統を好んでいたりと……何を話しても気心の知れた……そんな関係に昇華していきました」


 乃済さんと浮野さんはミステリーマニアかつ歴女で、更には似た恋愛小説を好んでいたみたいですね。乃済さんも懐かしそうに語っています。


「私と恵愛は親友になれたんです。高校の卒業旅行では一緒にミステリーツアーに参加したりもして、その最終目的地が京都だったんです。だから、そこでお互いに好きな歴史史跡を巡ったりして……本当に楽しかったのを覚えています」


 なるほど、本当に仲が良かったようですね。ちなみに、アタシのオススメは壬生寺と晴明神社です。


「その後、私達は同じ大学へ進みました。でも……大学では疎遠になってしまったんです」


 ん……ここからは暗い話になりそうですね。アタシとコムさんは神妙な面持ちで話の続きを伺います。


「その理由は……私に彼氏が出来てしまったからなんです。それから、段々と恵愛と会話する機会も減っていき……気づいたら疎遠になっていました」


 よく言われる、女の友情はどうこうってヤツですね。こういうのってお互いが気を使いだすと、何故か距離が離れちゃうんですよ。不思議ですね。


「疎遠になってから……しばらくして、風の噂では恵愛も彼氏が出来たと聞きました。なんでもお金持ちのおじさんと交際し始めたそうです」


 お金持ちのおじさんとの付き合いと言えば Can May さんの事を思い出しますね。一応、確認してみましょうか。【水都】をひっくり返すと【都水】。都立水産高校かな? 【恵愛】をひっくり返すと【愛恵】。うん、読めないです。これなら以前の遺書紛いのトリックは不可能でしょうね、安心しました。


「そして、私は大学を卒業し……一般企業の事務に就職をしました。平日には朝から晩まで働くと、やっとの休日を自分の趣味に充てる。そんな毎日を繰り返していたんですが……ある時、愛恵から連絡が来たんです。何年も接点のなかった愛恵からの連絡だったので、何事だろう……そう思いながら、確認してみました」


 これは……面白そうな展開になってきましたね。邪魔はせずに集中して聞きましょう。


「その連絡はスマートフォンのコミュニケーションアプリで届きました。内容は愛恵がミステリーツアーを企画したと言うんです。なんでも愛恵の彼氏が全面的に協力してくれたそうで、そのツアーを先行体験してほしいと……そう書いてありました」


 乃済さんの物語は淡々と進んでいきます。


「そのツアーはトレーラーハウスを用いた密室脱出体験ゲームだと補足説明されました。参加者はそこに入るとドアがロックされ、そのドアを開くための謎はトレーラーハウスの中に存在している。そんな趣向らしいです。さらには……参加者が謎を解いている間に、そのトレーラーハウスは牽引され目的地へと向かうのだそうです。面白い趣向だと思いました」


 アタシも面白そうだなって思います。興味深いですね。


「愛恵は続けて、『ハウス内の謎が余りにも早く解けてしまっては、まだ目的地に辿り着かない。それでは企画が成立しないので、トレーラーハウス内の謎の難易度を調整するためにも、私に試してほしい』……と、そんなメッセージを送ってきたのです」


 愛恵さんは本格的なミステリーツアーを企画されていたみたいですね。それにしても乃済さんはテンポ良く話を進めていきます。


「余りにも遠い場所へ連れて行かれては仕事に差し障りがありますし、私は目的地が何処なのかを聞きました。それに対して愛恵からは『何処に行くかはナイショ。だって、それこそがミステリーツアーなんだから』と返信がありました。正直に言えば、疎遠になった愛恵と再び仲良くなれるかも知れないと言う感慨もあったんです……でも、私は愛恵の企画したミステリーツアーの方にこそ、興味がかきたてられていたのだと思います。さらにメッセージが届きました。『ミステリーツアーに日和ってるヤツいる?』。私はその挑発に乗ることに決めると、愛恵に了承を伝えました。すると、ミステリーツアー先行体験の日程が送られてきたんです。幸いにも、そこまで離れていない場所が開始地点のようでした。そして、最後に『水都のためにも、面白い謎を用意しておくからね』と送られてきました」


 乃済さんは途中途中に紅茶を挟みながら、話を続けていました。


 そして、その話の最後……彼女は急に声の抑揚を抑えると底気味悪い声で発するのです。


 「私は……そのミステリーツアーで死んだのです」と。


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