第21話



「答えはね、その人……こっちの世界の住人だから死なないんだよ」


 小紫はいつの間にか顔を上げている。そして、額に赤みを浮かばせながら先程のクイズの解答を述べた。


「は?」


 おゆきさんは答えに納得がいかないのだろう。軽く頬を膨らませると釈然としない表情を浮かべている。床に届かない足も抗議の意思を示しているのであろう……足をパタパタと動かしていたのをパタパタパタパタとさせた。要は倍速である。


「でもね、僕は思うんだよ。こっちの世界の住人は密室では死ぬことがないんだけどさ……【退屈】だと、死んでいるも同然だなって」


 小紫は少し遠い目をして語った。おそらく彼はクイズの答えよりも……こちらが述べたかっただけであろう。そういう性格の男であった。


 おゆきさんは、何か小紫に上手いこと言われた感じがしたのであろう。もっと釈然としない表情になっている。頬の膨らみは先程の倍はあろうか。そして足の動きは二倍の二倍……四倍になっていた。パタパタパタパタパタパタパタパタしている。


 ずっと抗議の意思を示していても、その反応は小紫を面白がらすだけであった。おゆきさんは再び頭を突っ伏すと……小紫も同じく頭を突っ伏した。


 そして彼らは、今だに訪れない待ち人の来訪を待ち続けるのであった。

    



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「すいません。遅くなりました」


 コムさんに招き入れられた女性は室内に入るなりそう言うと、頭を深々と下げました。それと共に彼女の長い髪がバサリと垂れ下がります。服装はふわふわ系の純白なカットソーに、黒いロングスカートを履いていますね。足元は緩めの白いソックスと飾り気の少ない黒いローファーです。なんと言いますか……いかにも男性受けが良さそうな服装と言えば伝わるんでしょうね。


「いえいえ……ご来訪頂けまして、こちらこそ御礼申し上げます」


 心なしか、コムさんの態度も紳士的に見えます。ちなみに、コムさんはあーしにはそんな素振りをしたことがないです……まったく不快ですね。


「いえっ、私こそ失礼しました。お誘いを受けておいて、ここまで遅れてしまって」


 そう言うと、彼女は顔を上げました。


その顔の印象はといえば……いかにも線が細い清楚な文系女子とでも言うのが適当でしょうか。少し薄幸そうにも見えますが、それが儚げに思わせるかのような効果を与えています。そして文系女子グッズの定番、黒縁メガネですね。一言でまとめますと図書館系女子です。略して図女子。いや、読書好きをイメージして本女子にしましょうか……うん、なにか本マグロみたいになってしまいましたね。


 全体の印象もそれに拍車をかけています。彼女の背景には……まるで少女漫画によくあるキラキラというか、ほわほわの効果トーンが貼られているかのようでした。ひょっとしたら背後には薔薇や百合が咲き乱れている効果も足されているかもしれません。


 ちなみに……こちらの世界では容姿を自分の好みに変えることが出来るので不思議な事ではないんですが、ここまで容姿・雰囲気を一致させている人には、なかなかお目にかかる事はないですね。アタシも彼女の容姿をパクろうかな……なんて事を考えつつ眺めていたら……アタシ、気づいちゃいました。


  おわかりになりますか……完全無欠の文系女子の権化であるかのような彼女の欠点。それは……胸が小さいんです、貧乳です! あ、でも……こういう方が男ウケがいいとかなんとか……。


 えっと……【画竜点睛】って言葉を知ってますか? この言葉はですね、絵に書いた竜に瞳を描き入れたら……その竜が飛び去ってしまったという話が由来となっています。そして【画竜点睛を欠く】と用いますと、肝心な物が欠けているという意味になるんです。アタシ、彼女の事をその【画竜点睛を欠く】だと思ったんです。


 つまりですね、肝心な物……それは胸! それが欠けているなって気づいたんですよ。でも、ひょっとしたら……瞳ならぬ胸が欠けている事すら彼女の武器なのかなと考えたら、なんて恐ろしい子なんだろう。そう思わされてしまいました。




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 アタシがファッションチェック、容姿チェックに目を配らせている間にも、コムさんは紳士的に彼女を部屋のソファーへと誘っていました。そして、彼女はソファーにふわっと腰を掛けると、コムさんは彼女の為に紅茶セットを具現化させたのです。


 ティーポットを高く掲げ上げたコムさんは、もう片手に持つティーカップに向けて琥珀色の液体を注ぎました。例のカッコいい紅茶の淹れ方のアレです。いったい、あの淹れ方に何の意味があるんでしょう。高所より与えられた位置エネルギーが作用でもするんでしょうか……よくわかりません。


 紅茶を注ぎ終えたコムさんはティーカップを彼女へ手渡します。やっぱり文系女子には紅茶が定番なんでしょうね。居酒屋でよくある『とりあえず、生』が似合わないのだけは間違いないでしょう。アタシも何か具現化することにします。そうですね……濃紫色のワインにでもしましょうか。


「隣、失礼してよろしいですか?」


 コムさんは丁寧に許可を求めると、彼女の承諾を受けてから隣へと腰を下ろしました。さっきからつくづく、アタシに対する態度とは真逆の紳士性を見せているコムさん。アタシはそれに腹を立てつつ、彼女の隣の場所へ勢いよく腰を下ろすのです。手中のワイングラスからは、少し濃紫色の液体が跳ね溢れました。座る前に、一気飲みしておけば良かったですね。少し遅いですが……アタシは残った液体を一気に飲み切るのでした。


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