第3話
ひとしきり、ギャーギャーと煽り合いを終えた二人はそれぞれのデスクに戻ると……再びそこに頭を突っ伏す。
「退屈で死にそうなんだけど……」
双六でよくある、スタートに戻るマス。そこにでも入ってしまったかのようだ。先程と一字一句違わぬ発言がされる。このような行動をするのも、なんとか時間を潰そうとする彼らなりの工夫なのであろう。結局は、いつもと同じような時間を繰り返すことで……ただ、ひたすらに無限の時間を消費しようする試みだと見受けられる。
しかし、時間が無限であるという事は残酷なものだ。何故なら、この世界の住人には明日のために食べる、明日のために寝る、将来に子孫を残すというと言った際の……明日や将来といった時間的概念が存在しない。要は食欲・性欲・睡眠欲を満たす必要性すらなければ……そもそも腹も空かない。そんな世界である。
そうなると、残された欲求は限られる。この世界の住人にとって、最大の敵は【退屈】や【暇】であるのだが……永遠に続く時の中では、それに立ち向かう術があまりにも不足していた。【退屈と無関心は人を殺す】との名言があるように、この世界においては、退屈が続く事は死と等しいような感覚をもたらすのであろう。現世における死を体験しておいて、こちらに来てからも死と等しい感覚に襲われているのでは……あまりにも皮肉なものだ。
そこで……【退屈】への対抗となる欲求こそが【知識欲】なのだ。
もちろん、それを求めない住人もいるにはいるが……傾向としては、この世界の住人の【知識】への欲求度合いは極めて高い。なぜかと言えば、知識欲を満たすためには【考える】という行為が必要となり……この【考える】という行為に用いられる時間こそ【退屈】に対抗する、最高の術であった。
かいつまんで言えば……【暇潰し】である。
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「何か面白い話する人とか、いないんですか?」
おゆきさんは、そう切り出した。双六のスタートに戻るマスを経由した展開を避けたのだろう。よって、先程とは違う会話の流れが生じる。
「聞かないなぁ。最近こっちに来た人の中に面白い話を持ってる人がいるのなら……それこそ有名になるはずだし」
この世界の住人は、こちらに来たばかりの人の話を聞きたがる。言葉は悪いが、それが絶好の【暇潰し】になるからだ。
そういった、ろくでもない理由だが……こちらの世界に来た者の話は需要がある。とりわけ【考える】事のできる話をする者ならば、特に需要が高い。よって……そういう話ができる新参者がいるとなれば、その噂は瞬時に広まることになる。
そして、小紫が言うには……今はそういう噂がないようだ。
「
おゆきさんは足をパタパタさせるのを加速させ、上半身は駄々をこねるようにジタバタと動き始めた。こういった動作がいかにも自然に見えるために、彼女は自身の容姿を幼女にしているのかもしれない……こう考えると、いかにも狡猾な女性のようだ。
「聞きたーい、聞きたーい、聞きたーい、聞きたーい」
先程より大きく足をパタパタさせるおゆきさん。
「わかったわかった。また今度、面白い話をする人の噂を集めてくるから……とりあえず今は、あのお爺さんの話でも
駄々をこね始めたおゆきさんにも手慣れたものだ、母が子を諭すように小紫は言った。その姿は、駄々をこね始めた子供に……とりあえず何度も見ているはずのアニメのビデオを流すことで注意を逸らす。そんな母親の姿にそっくりであった。
「ぶーぶー」
駄々をこね続けても退屈は改善しないと判じたのか……不満をもらす声を上げながらも、おゆきさんは目を閉じた。
そして……この前に聞いた【物語】を反芻、いや……思い返すのである。
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