第2話
お気づきの方もいるであろう。彼らは死後の世界の住人なのである。そして彼らの住まう、この死後の世界についてなのだが……。
この世界には……永遠に広がる無の空間のみが存在している。信用できないであろうが、そういう設定なのだ。ただし、考えてみれば……この世界は死者の魂が無限に集うという事である。よって魂の
もちろん、本当に何もないだけの世界では、死者も困ってしまうものである。いきなりほっぽり出された、無限に何もない世界で永劫の時間を過ごせと言うのは、ある意味……地獄よりも地獄な世界なのだ。
そこで、この何もない世界に与えられた特性。それは……何もかもを具現化する事ができるという能力が、この世界の住人となった際に付与される。とは言っても、例外はあるもので……その唯一の例外とは、生者をこの世界にもたらす事。それだけは許されない。
「結局……これぐらいが落ち着くんだろうね。いやはや、つくづく哀れな小市民なんだな……僕も」
男はようやく顔を上げると、足をプラプラさせたままの幼女に語りかける。
「聞いた話なんですけど……落ち着く空間アンケートで、いつも上位なのはトイレみたいですよ」
幼女も顔を上げると、男を見やりながら相槌を打つ。
「なるほど……確かに落ち着く事だけを考えれば優秀かもしれないね」
「
ちょっと軽蔑したような目線を男に向ける幼女。現世には、こういった視線を好まれる方もいるのであろうが……彼はそうではなかった。
「変えない、変えない。それにトイレはお一人様専用だって相場が決まってるからね」
と、それに応えた。こうして、この部屋がオフィス風からトイレ風に変更されるのは避けられるのであった。
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そもそも……この二人は、なぜ一緒に過ごしているのだろう。それは単純な話であって、この世界に来た時期がほぼ同時期であった。それだけの事である。とはいえ、たったのそれだけではあるのだが……この事は、この世界において極めて重要な事なのである。
なぜかと言えば……この世界には、そちらの世界からの死者が際限なく集ってくる。言うなれば、星の数といい勝負になるのではないかと、そう思わせるほどの量の死者の魂が存在しているのである。
彼らがこの世界に初めて足を踏み入れた際、真っ先に行う事は……具現化を楽しみ始める事だ。各自は思い浮かべる物を、思うがままに具現化しては、それを見て楽しむ。しかし、この世界においては空間も無限だが、時間も無限であって……具現化遊びにもいずれは飽きる。その後、彼らは何をして時間を潰そうとするのだろうか。
それこそが会話である。ひたすらに、この世界の住人と会話に花を咲かせ、無限の時間を消費しようとするのだが……如何せん、異なる人格の交流というものには相性というものが存在している。つまりは、性格の合う合わないが存在してしまうのだ。残念なことではあるが、やはりこちらの世界でも……お互いの価値観が合わない同士が上手くいかない事は多い。
とは言え……必ずしも価値観のすれ違いが起こるということでもない。なにせ無限の時間があるのだ。人は精神的余裕があれば、他者への許容にも余裕が出てくるもので、現世の頃は苦手だった相手とも……こちらでは上手くやれる場合が多々に存在する。そうして、様々な個性を許容しながら……その人との会話を楽しむことで、また……成長していくのであろう。こちらの世界は……案外に平和な世界なのだ。
しかし、どうしても許容できない相手もいるであろう。そういう時は距離を取れば良い。そう……ここには無限の空間があり、その相手との距離も無限に離すことができるのだから。
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「介護用のトイレならお一人様とは限りませんので……その相場、暴落してますよ」
幼女は先程の男性のトイレトークに鋭く切り込んだ。
「ああ、そっか……言われてみれば、お一人様専用とは言い切れないのか……」
男は幼女の鋭い意見に、上手いこと言われた感がしたのだろうか……少し悔しげである。そして相場も暴落した。
「いやあ、僕はこっちの世界に来る前、介護が必要な状態まで老いることなく逝っちゃったからさぁ。介護用トイレの話が出来るほどの経験を持ってないんだよ。……流石はおゆきさん。経験者には敵わないね。これぞ年の功かな……」
上手く切り返された悔しさからなのであろう。男は幼女を褒めるような言葉を選びながらも、実は煽っていた。そういう男だ。
「あーしも介護職で知ってるだけで、介護用トイレを使うような年齢まで生きてないです!」
幼女は男に声を荒げた。しかし、声の調子は怒って聞こえるが雰囲気は悪くない。これが彼らのコミュニケーションのようだ。
「まったくもう……女性に年齢煽りするとか……コムさんはいつも失礼です!」
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寂れたオフィスでギャーギャーと煽り合いを続ける男と幼女。
男の方の名前は、
幼女の方は、
ところで、おゆきさんは現世においては介護職であったかのように言っていたのだが……こちらの世界においては幼女の姿をしている。これは、どういうことなのであろう。
それは単純な事で、この世界は具現化によってオフィスを宮殿にも変えることが出来るのだ。ならば、当然のように……己の容姿も変えることができる。よって、小紫は自身の二十から三十代の容貌を好んで使用し、おゆきさんは好んで年端のいかない幼女の容貌を用いていた。
しかし、なぜ彼女は幼女の姿を選んだのであろう……それは不明である。いつの世も……こちらの世界であっても、そちらの世界であろうが……女心とは、かくも難しいものなのであろう。
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