猫の手も借りたいって言ったら、どうやら獣娘にはプロポーズの意味だったらしい(嘘)

風親

猫の手も借りたいって言ったら、どうやら獣娘にはプロポーズの意味だったらしい

「そうだねー。もう猫の手でも借りたいよー」

 僕は、猫耳美少女ウェイトレスのサーヤちゃんにそう言った。

 もちろん、これは、猫タイプの獣娘である彼女に対して言った冗談である。

 ちょっと文句を言いながら、笑い飛ばしてくれる。そんなリアクションを期待していた。

 でも、なぜか彼女はとても顔を赤らめながら、そっと左手を差し出してきた。

「え?」


 ここは魔都にある獣娘カフェ。

 本物の獣娘が働いているカフェだ。


 僕はといえばつい先日にマスターが腰をやって動けないので手伝ってください欲しいと頼まれて働いている平凡な人間だ。

 小さい頃からお世話になっていて、この世界では少数派な同じ人間族の頼みとあれば、断るわけにはいかなかった。まあ、別に救うような世界の危機もなくて暇していたといえば、その通りだった。


 こじんまりとした店で、いつも二、三人の獣娘が給仕しているだけの健全ないい雰囲気のカフェだった。

 そんな店でもマスターの代わりを務めているととても忙しかったが、一年も経って慣れてくると、仕事終わりにはウェイトレスの獣娘たちと楽しく話す機会も増えていった。


 そんな中での先ほどの冗談だった。


(え? このお手みたいな手はどうしたらいいの?)

 もう営業時間も終わり、すっかり夜になっていた。カウンターに灯りを置いているが、窓ガラスから差し込む街の灯りの方が明るいそんな薄暗い店内に僕は彼女と二人っきりだった。


 今日の売り上げを確認する僕の横で、サーヤは掃除をしてくれていた。

 他のウェイトレスが帰ってしまった後でも、雑用を手伝ってくれているのはここが彼女の家だからだ。

 サーヤはマスターの娘さんだった。

(良く分からないけれど、無下な反応をするわけにはいかないよな)

 そう思った僕は、彼女の手を握った。

 ちょっと手の甲あたりが毛で覆われてふさふさしている。ただ、それ以外はあまり人間と違わない。

 手の平はちょっと膨らんで肉球っぽい感じもするけれど、それ以外は人間と変わらなかった。僕たちはしっかりと握手を交わしたけれど、柔らかくていい感触だと思った。

「あ、うん。本当に手伝ってくれるってことかな。嬉しいなありがとう」

 給料はマスターに請求してねと軽く冗談を言ったつもりだった。

「はい。マスター、これからの人生をお手伝いいたします。よろしくお願いします。にゃん」

「え? 人生?」

 なんで、今まで言ったこともない『にゃん』とかいう語尾に加えて、目を潤ませながらこっちを見ているのかと悩んでいたら、店の奥の扉が開いて誰かが勢いよく入ってきた。

「手を握ってしまったね」

 入ってきたのはマスターだった。

 腰が悪いとずっと言っているわりに、随分と軽快な動きだなと冷めた目で見ていた。

「『猫の手も借りたいんだ』は猫娘へのプロポーズ。そして差し出された手を握ればそれはもう一生面倒を見ますという契約に他ならないんだよ」

 マスターは興奮気味にそう捲し立てた。

「え。そんな唐突な……」

「いや、猫娘の森ではこれは絶対の決まり。……らしいよ。まさか、うちの娘に恥をかかせるわけじゃないよね」

 サーヤは、この街の育ちなのだから関係ないのでは。そもそも猫娘の森ってどこだ。

「お、お嫌だったでしょうか? にゃん」

 不安そうに猫耳を垂れながら、さっきとは違う感じの潤んだ瞳でサーヤは聞いてきた。

「いや、全然おっけいだよ」

 僕は元気な声で励ますようにサーヤに言った。

 まあ、実際、いい娘なのは子どもの頃からの付き合いだから知っているし、可愛らしいし。

 唐突だけれど、これも案外いい話なのではとあっさりと気持ちを切り替えていた。

「よし。やったー。これでサーヤの旦那とこの店の後継ぎができるな!」

 マスターはサーヤと手を叩きながら喜んでいた。

 腰痛いって言ってたのは絶対に嘘だろうと思うし、何となく罠に嵌められた気がしなくもないけれど、それも含めて『まあ、いいか』と思えるようになっていた。

「あら、何か賑やかね」

 お店の入り口から、買い物を終えて袋を抱えて戻ってきたのはちょっと年配の猫型獣娘。すなわち、マスターの奥さんで、サーヤのお母さんだった。

「聞いてよ。ママ、彼がサーヤの婿になってくれるって」

 マスターのその報告に、ママさんも目を輝かせて耳を立てて喜んでいた。

「馴れ初めもうちらと同じなんだよ。運命感じちゃうね」

「……馴れ初めって何だったかしら……」

「あれだよ。『猫の手も借りたい』って言ったら、猫娘の村の習わしだとプロポーズの意味だって……」

 その言葉に、ママさんは何度が顎に手を当てて考え込んでいた。

「え、そんな習わしあるわけが……」

「えっ」

 ママさんのつぶやきに、マスターは変な声を出していた。

「あ、そうそう。そうだったわねー」

 そんなマスターを見て、ママさんは今更ながらに取り繕おうとしたけれど、もういいやと途中で諦めたようだった。

「あ、うん。あれは嘘。どうしても結婚したかったから、適当に習わしを作りました」

「え?」

 悪戯っぽく舌を出しながら笑うママさんに、マスターは真っ白になりながら驚いていた。どうやら十数年気が付いていなかったらしい。

「まあ、楽しそうな家族で何よりです」

 僕はサーヤと目を合わせながら、そう微笑んだ。

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猫の手も借りたいって言ったら、どうやら獣娘にはプロポーズの意味だったらしい(嘘) 風親 @kazechika

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