本編

第3話異世界という名の現実世界

 はぁ……はぁ……もうダメ、耐えられない……あぁ……ダメ……イヤァ、もう……ダメッ……!


「ぶあぁぁ、ランニング20キロメートル終わったー……」


 生まれ出た街ラクティア。

 そこのランニング場を今日も走った。これで30日連続だよ。

 この世界はランニングや筋肉トレーニングをすると本当に体力がつく。

 だから毎日欠かさずトレーニングをしているんだ。


 トレーニングによる成長率はゲームバランスエディタと職業補正があるみたいなんだけど、私が特殊だしバグっていてデータ参照できないみたいなので、ほかと比較して多いとか少ないとかはわからない。ゲームバランスエディタはゼロなので、普通に少ないかな? せめて職業補正が高いとよいのだけどもね。



 体格に関してだけど、私の身体からだは身長175センチメートルで、ええと、グ、グラマラス……だったんだ。

 それが顔やスタイルはそのままに、全体が一割くらい縮んだ感じ。

 だけど身長は一割を超えて20センチ強も縮んだ。なんでやー!

 ――このあたりは多分、あのエラー連発の時に書き換えられてしまったのかなぁ。


 色々調べることもあったし、この街にもう一ヶ月ちょっと滞在してる。最初の街なんだけど、最初の一歩が踏み出せねえ……!


 まあ、滞在した結果、色々分ったこともあるんですわ。

 まず、一般的なパーティは組めない。館の人に非推奨判定もらったからね。最初の街だからこそ、ああいう人の権限と見抜く力は強い、らしい。


 現地人AI人間とはまだしも、普通のプレイヤー、そう、”来訪人プレイヤー”とは完全に組めないね。


 一ヶ月も経てば何度かヨネダや運営と連絡は取れる。それで判ったんだけど、


 私の意識を作っているデータ群のまわりに、バグったデータの塊が絡みまくっていてTSSから意識を取り出せないんだって。取り出してもぐちゃぐちゃになった意識になっちゃうだろうって。

 それじゃ意味ないよ。


 バグを取り除いてからじゃないと救出することは出来ない。

 TSSの運営はバグを取り除きたくても、私への全アクセスを拒否されているとのこと。


 また、バグが原因で死に戻りポイントが作れないんだってさ。

 それはつまり、死んだらデータの藻屑になる可能性が高いことを示していて。

 そうなると現実世界でも死んじゃうかもしれないんだって。


 バグを取り除ければ回収は出来るだろうということだそうだ。



「ごしゅじんさまー薬草さいしゅのお仕事してきましたー」


 私は振り返って声の方向を見る。


 120センチくらいの背丈で、おしゃれにもメイド服を着ていて、きつね耳をぴょこぴょこさせている子がいる。黄金色のしっぽと耳が特徴的。しっぽも耳ももっふもふで巨大。肌は健康的な白さ。


 アキちゃんだ。


「アキちゃんお疲れ! ちゃんと出来たかな?」


 アキちゃんはこう見えても、バグに対する切り札である!


 ――彼女はバグを直す方法を考えようとした瞬間、ヘルプさんが先回りして私の目の前に召喚させた。


『この子を、世界でバグが出現している地点へ、そうすれば――』


 そういってヘルプさんはまた反応しなくなった――


「ようへいさんと一緒にやってきましたっ!」


「そっかーよく出来たね、よしよし」


 アキちゃんの頭を丁寧に撫でる。かわいい子だなぁ。


「今日もお嬢は大活躍だったぜ、鬼ごっこに付き合ったのには苦労したがな」


 アキちゃんの後ろにいた、体格が良くてがっちりとした顔をしている赤い毛の男性がそう話す。


「お嬢様は小さいけど素早いですからね、逃げるのがお得意です」


 背が高くて耳も長い、緑の髪の毛を優雅に揺らす、白い肌の美人がそれに答える。


「アルダスさん、ルウラさん、お仕事お疲れ様でした。……農園は大丈夫でした?」


 苦笑いを浮かべながら尋ねる。薬草農園で鬼ごっこかぁ、マジかぁ。


「俺が追いかけてルウラが捕まえたんだが、俺が走ったからな、ちょっと壊れちまった。謝るだけ謝ったら許してくれたぜ。ちゃんと今日の給料もいただいたぞ」


「よかった……。アルダスさんは虎人種とらじんしゅなので素早いんですよね! 素敵です! ばんざいばんざい」


 左上、右上と交互に高速で万歳を繰り返す【ばんざい音頭】をしてねぎらう私。


「ガハハ! 大将の踊りはおもしれーなあ!」


 ばんざい音頭最強伝説。


 彼らはNPC傭兵と言われる、傭兵ショップから借りられるレンタル傭兵さん。

 レンタルするには、レンタル後に発生した収益の一部を天引きされる契約を結べばよいだけ。

 どんな収益でも取っちゃうけど、私みたいな特殊な人でもレンタルできるのだ。

 すげーな! ばんざいばんざい。


「今回の利益でスキルを購入できそうです。街の外に出る準備が整ってきましたね」


 ――そう。私は出る。街の外に。この世界を歩く。バグを直して元の世界へ戻るために。



 宿に帰り、借りている部屋に入る。


「ふー、安宿だけど落ち着く部屋だねよえ。地力をつける筋トレとランニングもしたし、魔力を上げる瞑想もしたし、武器の習熟訓練もした」


「ごしゅじんさまはどりょくかですごいです」


「努力しないと戻れないからね。よし、今日の最後は購入かな」


 購入するのは『スキル』だ。

 天買人は、ほとんどの職業のスキルを購入できる。つまり『お金でスキルを買うことができる』職業なのだ。



 購入師のスキル、「スキル購入」を発動したいと念じる。ヘルプさんがいないとAIが先回りをしないので、いちいち念じる必要がある。

 すると私の視界に大変な量のスキル一覧が、ゲーム画面のステータス表示のように浮かび上がる。


 みんなで考えて購入するスキルは決めてある。

「ホーミング付与」だ。

 ホーミング付与を検索して詳細表示する。


【ホーミング付与:遠距離の物体に追尾性能を付与する。上位職『大魔道士』のスキル。500ドルエン】


 私の電子マネー残高は六三二ドルエン。買えるね。ばんざいばんざい。

 購入すると念じる。確認メッセージが出るのでOKと念じる。


【ホーミング付与を購入しました】


 アッサリとしたものだけど、これで購入完了。所持スキル一覧を表示させる。



【スキル一覧:パッシブ】


 解体・剥ぎ取り:Lv3

 1日の必要水分減少:Lv2

 ピストル・リボルバー修練:Lv2

 ナイフ・短剣修練:Lv3

 ホーミング付与:Lv1


【以上】


 うん、ちゃんと使えるようになってる。パッシブスキルだから自動でホーミングされるはずだ。


「良い感じにそろったなー。あっそーればんざいばんざい。あっそーればんざいばんざい」


 ばんざい音頭を踊ってから就寝。

 明日は試し撃ちだね。


 意識を緩めながらゆっくりと現実世界のことを想う。


 今の体を見ても正直きれい。

 私本当きれいだわ。ふふふん。


 この世界だとそこそこ男性から声をかけられるけど、現実世界じゃ私に話しかけてくる男子ってほぼいなかったのよねえ。

 完璧超人すぎたかしら。

 ……おかげで男日照りだったんだけど。私だって思春期なんだぞ!


 あー急にみよちゃんが恋しくなってきた。

 オタクのみよちゃん。

 身長が低くてちんちくりんのみよちゃん。

 でもオタクの話って独特で面白かったなあ。

 知らない世界だったし。

 知らない世界の話を聞くと想像を豊かにさせてくれる。

 ミヨちゃんから聞いた話で短編を書いたことは何度もあった。

 本当、上位カースト女子のつまらない話を聞くのよりよほど楽しかったな。

 元気かなあ……。

 帰りたいなあ……。

 あした、がんば……ろ――。



 翌日、冒険者の館に併設されているトレーニング場にみんなが集う。


「それでは始めましょうか。ここに的を設置いたしました。これに当ててみましょう」


 私の正面から45度くらいずれた場所に的を設置したルウラさんがそう喋る。


「あたるかなー。ホーミング付与を信じて。ショット!」


 私の魔導拳銃からまっすぐ放たれた高速の魔法弾は、撃ってすぐに機動を変えて的へ向かって突き進む!


 パァン


「おおー、あたった」


 射程距離も測って、だいたい4~5メートルと言ったところ。普通に撃つのと変わらないかな。拳銃だもんな。

 もっと遠距離を攻撃する場合はアクティブスキルの『狙う』を使えば良いのだ。

 拳銃でも、もっと遠くを攻撃できるようになる。

 異世界すげー!


「これで乱戦になってる場所に撃ち込んでも誤射は減るな。ガンガン撃ってくれ、大将」


「アルダスさんはめっちゃ動くから誤射しちゃうかもなあ。本物の魔法使いであるルウラさんじゃないし」


「いえいえ私もそれほどでは。しかし凄い職業ですね、天買人というのは。大魔道士になるには数年単位で時間が必要です。そこからレベルを上げてスキルポイントを取得して割り当てて……。とにかく大変なのをあっさりと取得できてしまうなんて。」


「お金で買うから資金繰りに悩むけどね。私は死ねないし、これくらいずるくても良いよねー」



 ずるくても良いよねー。

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