第2話これは悪夢か正夢か
「……い、おーい、大丈夫か? ヘルプ呼んだ方が良いか、これ」
――人の声が、聞こえる。
「う、あ、あ、あれ、ここは?」
頭が、クラクラ、する。
「ここはTSSの初期出現地点だ。ここは新規に始めた人しか出現しないんだよ。だからお前さんみたく何時間も意識を失って倒れている人が出現するのは初めてでな」
ここは、TSSの世界なんだ――。
感動に浸る前に。エラー出しまくってたし間違ったログインしてるかもしれない、まずはログアウトしないと――
声をかけてくれた人にお礼を言ってから、路地裏に行ってログアウトを行う。
町並みを見る余裕なんてない。
ログアウト――AIが先回りしない。ログアウト処理が行えない。
嘘でしょ!? ログアウト、ログアウト、ログアウト!!
……つ、次は
緊急切断開始!
【切断が失敗しました】
もう一度。
【切断が失敗しました】
もう一度。
【切断が失敗しました】
もう一度!!
【切断が失敗しました】
ログアウトできない。
緊急切断できない。
つまり――
TSSから出られない。
「うう、まさか、そんな」
頭がクラクラする。元の世界に戻れないなんて。
――ここの世界から戻れない以上、もう、物書きが出来ないかもしれない。
足はガクガクする。立っているのもつらい。
「おう、そこの小さいおねーちゃん、初心者だろ、良いこと教えてやるから一緒に来いよ」
あくどい顔の男性三人衆が私に近寄ってくる。
もう、まずい。
「うっぷ、おえええええ」
私は盛大にゲロを地面にぶちまけた。
「うう、もう駄目かもしれない。駄目かも」
吐いたゲロに構わず膝をついて泣き始める。
だって、もう――
ビシャァ
もう一度吐く。
男どもは何かを喚きながら去って行く。
私はとにかくゲロを吐き続けた。
……何時間経ったかな。
ショックからは立ち直った、かもしれない。
やれることをやろう。そう簡単に折れていては小説なんて書けないしヨネダと良い関係なんて築けないんだよ!!
とりあえずヨネダの転送施設に状況報告の緊急メールを送信。
転送施設に状況が伝われば、ダイブ装置を弄って意識を無理やり
ただ、現実世界とTSSには意識加速技術によって時間軸にかなりのズレがある。
どれくらいズレているかは覚えてないけど、結構ズレていた気がする。
ずれている分通信にタイムラグを感じてしまうわけだ。
通信が出来て即回収にはならなかったと思うし。
こちらの世界でどれくらい待てばいいんだろう……。
でも、
でも、
でも!
私は帰る!
私には帰る理由があるんだ!!
執筆は私の生きがい。
生きる理由。
執筆はこの世界でもできるかもしれない。
けど新しい物語を全人類の元へ届けたい。
私の書いた小説の続編を待っている人がいる。
私の絵本で笑う子供たちがいる。
面白いエッセイを心待ちにしている人がいる。
うん、絶対帰らねば!
ゲロ吐いた口をぱっとしない茶色の布の服で拭き、表通りに移動。
この街は赤いレンガで家が作られているなあ。赤レンガ倉庫を思い出す。
さすがに最初の街だから貧困が渦巻いているとかはなさそう。綺麗な街だ。
何をすれば良いのか分からないのでそのまま町の中央広場に。
屋台が並んでいて、食欲を刺激する香りが漂ってくる。
うっわー! 四方八方に水が飛ぶ噴水があって綺麗だ!
近づいてみると案内板があって、それによるとこれは魔導の力で動いているんだって。日本語で書いてある。ワタシ ニホンゴ チョトダケワカル。
そしてこの案内板がなぜ日本語で表示されているのかというと、拡張現実、つまりAR表示でリアルタイムに翻訳されているからだそうだ。なるほどね。
ちょっと遠慮しながらも布の服の袖を洗いながら自分を観察してみる。
うん、作った感じの通りに出来てる……けど、なんか、小さい? かな?
次に周辺を見渡してみる。
さすが中央広場周辺、建物がデカい。
ひときわデカいのは「冒険者の館」という看板。でかでかと書いてある。建物もド派手にライティングされた建物だった。
……行ってみますか。何か教えてくれるかもしれないし。
ヘルプさんはこの世界に来てから無言である。しゃべってー!
西部劇に出てくるようなドア、スイングドアをくぐり中に入ると、温度が一定に保たれているのが分かった。
エアコンを動かしてるのかな?
「こんちは! 初心者かな?」
ドアすぐ横に立っていたなんかニンジャっぽい衣装を着た男性に声をかけられる。
「そうです。ここはいったい?」
「初心者から上級者までもが利用する、冒険者の館だよ。僕の名前はマルク。総合案内さ。君はチュートリアルに導かれてやってきた、って感じかな」
チュートリアル、やってない……。
「いえ、バグか何かでヘルプが今機能していなくて……。自力でここに来ました! えっへん」
「そうか、それは大変だ。でもヘルプは自動修復機能があるから待てば必ず復旧してくれるよ。ここに来たんだ、登録でもしていきなよ。凄く強い冒険者ギルドみたいなもんだから」
促されるように総合受付へ。金髪でおっぱいが大きいおねいさんがいました。受付だとおっぱいしか見られないんだろうなー。
「こんにちは、私は雪奈っていいます。大変ですよね」
「総合受付へようこそ。私はアレーナって言うわ。受付やってると特にね」
「心中お察しします」
「こっちに来てから巨乳になったタイプだけど、苦労が分かってよかったわ。あなたは小さい体でそんなに大きいんじゃあ大変ね。さて、最初の登録かしら」
元からの私は苦労しか知らないなぁ。いっそここでナイナイを体験してもよか……うーん。
「そうです、登録しに来ました。あと、全身鏡はありますか」
「はーい。じゃあ首筋右側にあるデータチップを頂けるかしら。それで基本情報は転写出来るわ。鏡はあそこにあるから見てきなさいな」
え、文字書くんじゃないの……?
「腑に落ちてなさそうだけど、これはあくまでも最新のゲームですからね。基本的なツールは今の技術も結構使ってるのよ」
「なるほどー。首筋右側……ああ、あるわ。じゃあこれをどーぞ」
データチップを渡す。
そして全身鏡の前に立つ。
ちっさ! 身長何センチだこれ!?
髪の毛は白が強い銀髪、耳は少々とがっている。顔は小さくて綺麗。目は綺麗なサファイアブルー。身長は低いけど腰は締まってるからいい体に見えるね。
設計したハーフエルフとあまり違いはないようだ。身長以外は。
データチップを機械に差し込んでいたアレーナさんは、険しい顔になっていた。なんだなんだ?
「データチップがバグっちゃっててほとんど情報が……。名前は雪奈、ステータス補正は力が80、魔力が120、器用が120。スキルはバグってるけどまあ持ってないでしょう。職業は……天買人? 聞いたこと無いわね。身長は150センチメートル、体重は――」
アーアー、タイジュウハ、キコエナーイ
というか身長150センチメートルなの!? 175センチで作ったんだけど!?
それ以外にもなにかブツブツ言っているのが聞こえる。だまって見ていると、
「ゲームバランスエディタが全部ゼロで固定!? あり得ないわそんなこと!」
アレーナさんが凄い叫び声をあげた。
「なにか不味いんですか?」
アレーナさんは血相を変えて、
「不味いも不味いも、めちゃマズよ! これじゃ……。ちょっと指貸してもらって良い?」
「はぁ……」
そういってさしだした指にアレーナさんは針をぶすっと。
「痛ぁ!? 何してくれるんですか!?」
「そしてこれよ」
バチィン!
「びゃああ!!」
針からビリッと、電撃が私の中を走り抜けた!
「……これね、ここ周辺に生息する雑魚モンスター、カマキリデンデンムシの攻撃とほぼ一緒なのよ。普通の人はデフォルトで、ゲームバランスエディタによって感じる痛みが5分の1程度になっているの。だからカマキリデンデンムシの攻撃なんて、ちょっとチクッとした、ってところでしかないのよ。強くなっていけば500分の1くらい余裕でなるわ。皮膚も相応に強くなる。ほぼ無感よ」
アレーナさんは次に武器倉庫に連れて行ってくれた。
「この金属の小盾とショートソード、振り回せる?」
そういって私に手渡す。
「結構重いですね。えい、えい、えい!」
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「それ初心者の武器でね、どれだけ力が低い基本職であったとしてもブンブン振り回せるのよ。ゲームバランスエディタで力の出力がいじられているから誰でも振り回せるの。雪奈さん、貴方がこの街の外へ出ることはまったくもっておすすめできないわパーティも推奨できない」
「そ、それはどういう」
「冒険者の館は全世界規模の総合ネットワークなの。ほぼ全てのプレイヤーが契約しているわ。力もかなり強い。プレイヤーの様々なデータもここに登録されるのよ。この館でパーティ組むのは推奨できない、外に出るのは推奨できないって言われたら、ね」
ここからログアウトできないのに外にも出られない。
――永遠に引きこもり確定ですか。
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