猫の手お貸しします

ナガレカワ

第1話

 商店街の一角にその店はある。鍋やトンカチ、脚立など乱雑している店には「猫の手お貸しします」と書かれた看板がかかっている。この店には今日も猫の手を借りたい人が集まってくるのだ。


 猫の手も借りたいという言葉は猫を卑下する言葉ではないだろうかと僕は日頃考えている。一般的には忙しすぎて猫の手でも借りたいほどだよーということであるがその言葉には大きな罠がある。

忙しくて猫のでもいいから借りたいよー、でも猫には何にもできないけどねと言った皮肉が込められているのである。許せない!なぜ猫である必要があるのか、というかその忙しい状況は自分自身が作り出してしまった自業自得状態であるのになぜ猫を卑下する言葉を作ってしまったのか、僕には理解できない。なぜ僕がここまで猫の故事成語について考えているか、それは僕が猫田だからである。


 僕が祖父、父と次3代目となりついだこの店「猫の手お貸しします」は、祖父が猫田という苗字とことわざをもじりつけた店名である。一歩引いてみると怪しい店名であるが祖父の話し上手さが功を奏し、商店街の人を虜にし3代目までもつある程度立派な店となったのである。ところで何の店なのか、初めは祖父の経験から木の剪定を中心に行っていたがあれよあれよという間に何でも屋となってしまった。


「進ちゃん、棚の上にあるものとって欲しいんやけどね」

「猫の坊、庭の草むしりお願いしたいんやけどな。もう腰が痛あてかなわんわ」

僕の代となってからも商店街内外問わず利用者は絶えない。

「了解です。田中のおばちゃんの方は今から行くわ。吉田のおっちゃんの方は日が差しとると時間かかるで夕方の涼しなってから行くわな。そこのノートに名前と頼みたいことだけ書いてってくれる?」


猫の手では未だにデジタル化は進んでおらずノートと僕のスケジュール帳により管理されている。しかしそのアナログ感はゆったり時間の流れている商店街ではちょうどいいのだ。

 そんな変わらぬように見えるこの店でも僕の代になってから一つ変わったことがある。

それは

「進くん、家のおっきい箪笥の裏にものが落ちてしまって取れやんのよ。どうにも箪笥が動かんくね。ゴロ助にお願いできるかな」

そうそう、ちょうどこういった注文である。ゴロ助というのは僕の飼っている黒猫。人間では入れない隙間に入ったものを取ったり、猫を飼うシミュレーションをして見たい人と戯れたりといったことができるとても利口な猫である、表向きは。


実はゴロ助は僕なのだ。僕は猫に憑依することができるのである。いや、正確にはゴロ助にのみ。ゴロ助は普段は普通の猫だが、注文が入り僕が憑依をすることで類希な注文通りに動くことのできる猫となるのである。まさにこれこそ猫の手を借りる、という表現が似合う猫の出来上がりだ。


 僕がこの能力に気がついたのは大学生の時。驚き、桃の木ではあったがこれを何か商売に活かせないかとすぐに考えた僕には商業の才があるといえる。なぜゴロ助にだけ乗り移れるのか、その真相は定かではないが僕の愛がゴロ助に繋がっていると考えるとそんな謎、取るに足らない。まあ僕の手にはゴロ助からの愛の鞭で傷だらけであるが。ゴロ助はツンデレだからな。


 今日も店を開けると見慣れた人たちが注文に来る。草刈りやら掃除やら。はいはいありがとうございますと注文をノートに書いてもらいスケジュールを調整していると見たことのない少し商店街にはにつかわしくない女の子がこちらをのぞいていることに気がついた。

ワンピースをきてロングヘア。モテそうな感じである。大学生くらいか?

「いらっしゃい。何か御用ですか?お嬢さん」

僕が声をかけると彼女は驚きつつもこちらを見て

「あの、こちらで猫ちゃんを貸していただけると聞いたんですが」

なるほど、ゴロ助への注文か。それはこの店に来ないと注文できないわな。僕はスケジュール帳をだしながら

「わかりました。ゴロ助に対する注文でよろしかったですね。どのような内容でしょう。物取ったりとかちょっと触れ合いたいとかでよかったですか?」

と僕が聞くと彼女は少し言いづらそうな顔をしていたが意を結したように

「実は、明日友達が遊びに来るんですが見せるはずだった猫がもういなくなってしまって、でも友達には家にきてほしいしでもうどうしようもなくて」

と彼女は言うと、不意に涙を流し始めたのである。

おおおぉぉ。まさかの展開で急に泣かれてしまった。若い女の子に接する機会がとうに減った僕にとって、ありえないほどの緊張が走り、脇汗がどっと噴き出てしまうほどの焦りが僕を襲った。しかし僕はアカデミー賞なみの演技力でそれらを跳ね除け

「少しゆっくりして行ってください。お茶入れますね」といい彼女を家の中へ招き入れた。


 お茶を出しゆっくりと話を聞いてみると、どうやら親戚の猫を預かっておりその猫を見せる約束をしたが急に昨日親戚が引き取りに来てしまい猫がいない状態となってしまったそうだ。

ふむ、なら友人に猫を親戚が引き取りに来てしまったと正直に言えばいいのではないかというと、彼女は首を横に振りあまり仲良くはないのに猫を口実とはいえやっと家に来てくれることになったたのに本当のことが言えないという。

なるほど、もはやうちでしか対処できないような話なのではないだろうか。僕の中で使命感がメラメラと燃えてきた。

「わかりました。お引き受けします。明日の朝、この店の前までゴロ助を迎えにきてください。ゴロ助が店の前にいますから」


 次の日、商店街の店がまだ空いていない頃、彼女が店の前にくると黒猫がぽつんと座っていた。

「あなたがゴロ助?」

そう答えるように黒猫はさっさと歩き出し後ろを少し振り返った。さぁ、早く行こう。

 黒猫は彼女の後ろをスタスタと歩き家へと向かう。もちろん僕が入ったゴロ助だ。少し歩くと着いたその家は家族4人ほどが住んでいそうな一軒家。ふむ、ここで今日は仕事だな。

「ゴロ助ちゃん、ここだよ。どうぞ。きょうはよろしくね」

と彼女はドアを開けてくれた。

中も清潔感があり普通の家。たしかに数日前に他の猫がいたのか少し違う色の毛が落ちている。

「じゃあ、ちょっと待っててね。友達迎えに行ってくるから」

といって彼女は出て行った。友人はどんな人だろうか。男の人か女の人か、賑やかな人か大人しい人が…尻尾引っ張らない人だといいんやけどな。


 少しすると彼女が戻ってきたのか足音が聞こえてきた。よし、とりあえず猫あるあるの玄関出迎えでかわいさアピールするか。

「ここが私の家。どうぞ」

と彼女が開けたドアの先にはゴロ助がおすわりとして待っている光景があった。

どうだ、かわいいだろう。さてどんな友人かな、、おぉぉやっぱり男か!これは少し悲しいが仕方ない。ゴロ助パワーでキューピットとなるしかないな。


 彼女と友人は、昨日言っていた通りあまり仲良くはないようで、僕に触りにはくるもののあまり話は弾んでいない。よし、ゴロ助パワー見せてやる!ここは猫あるあるパレードだ、とばかりに机の物を落とす、ドアをカリカリする、ダンボールに入ったり出たりする、足にすりすりする、といつもゴロ助がやっているような行動を思いつく限りやってみた。すると、彼らは慌てながらも「猫ってやっぱりかわいいね」「ゴロ助っていうんだ。いい名前」「あぁ、ゴロ助ダメだよそこは」と言った具合に僕を通じて緊張もほぐれて行った。


 2人は僕を撫でながら大学の話から友人の話、バイトの話など話に花を咲かせて行った。よし、そろそろ退散しようかな…と思っていると不意に話が止まってしまった。え、なんでぇ?今までいい感じやったやん!そもそも男の方も猫が餌とは言え、自宅にまで遊びに来てるんやからめっちゃ脈ありやんーー!この機を逃すなよ。もうしょうがないな。


 僕は2人の手の間に入り眠りにはいったふりをした。どりゃ、ふわふわもふもふのゴロ助パワーだぞ。パワーを食らった2人は驚きつつも見つめあい、2人で笑い出した。そうそう、いい感じ。すると彼女が

「あの…実は今日家に来てもらったのはゴロ助見てもらいたかっただけじゃなくて…」

よし、僕の役目はおーわりっと。僕は2人の空気を邪魔しないようするりと2人の間をすり抜けた。


はぁ、まさか尻尾でハートができないことがここまで悔やまれる日が来るとは、、だがしかし、まさに今日の猫の手こそ猫にしかできない仕事であっただろう。

 また猫の手でしかできないことがあった際にはご入用ください。もちろん猫田にしてもらいたいことでも結構です。またのご来店をお待ちしております。と、僕は思いながら尻尾をぴんとたて窓の隙間からすっと彼女の家を後にした。

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