4-7

「オーナー、仕事じゃなかったんですか?」

 徹二が驚いて聞くと、ハルは「仕事は仕事だけど」と言いながら店の奥から店内に入ってきた。夏紀の後ろで足を止めると、大きな手を夏紀の頭に乗せた。

 見ていた徹二が驚いて開いた口がふさがらないのは置いといて──。

「今日の仕事は、ナツをリラックスさせること。他にないでしょ。ナツは俺が見てると緊張するから。そうでなくても今日はガチガチのはずなのに」

「え? オーナー、夏紀ちゃんがピアノ弾くこと知ってたの?」

「──サプライズを提案したの、俺だから。それで、ずっとうちで練習してた。毎日遅くまで、よく頑張ったよ」

 最後に夏紀の髪をくしゃくしゃにしてから、ハルは夏紀を挟んで恵子の反対に座った。夏紀の目から涙がこぼれているのを見て、ハルは夏紀にハンカチを渡した。

「オーナーの家で、って……」

「うち、ピアノ教室だから。ナツんちの向かいの」

 ハルのその発言で、恵子と徹二は粗方の事情を理解したらしい。

 夏紀がどの程度弾けるのかは、いつもカフェで聴いていたので知っていた。夏紀がさやかへのサプライズに選んだ曲は、夏紀のレベルよりはるかに上だった。練習場所に、ピアノの消音装置があるハルの家が選ばれた。練習の末に、夏紀は間違えず弾くことに成功した。

「ナツ、いまホッとしてる?」

「はい……。さっき徹ちゃんのミルクティにも癒されたけど、ハルさんの顔見たら、安心しちゃって……」

「良い先生だったのねぇ」

 恵子が言うと夏紀は、へへ、と笑った。

 ハルは立ち上がってカウンターから離れ、新郎新婦のほうへ歩いて行った。モデル・ハルを知っている人たちが「もしかしてハル?」と言っているのを軽く聞き流し、ハルはさやかに挨拶していた。

「夏紀さんって、オーナーのこと好きなんですよね」

「え? まぁ……うん……」

「でも前にオーナー、彼女いるって言ってたのよねぇ。夏紀ちゃんとお似合いなんだけどなぁ。仕方ないか。美人なのかなぁ、やっぱり」

 恵子がハルの彼女像を想像する隣で、夏紀はただ苦笑するしかなかった。

 夏紀とイメージが離れていく度に「実は」と言いたくなるけれど、それはハルに禁止されていた。

(でもハルさん、様子見て言うって言ってたから……)

 恵子が喜び、徹二がショックを受ける日は、案外近いかもしれない。

 それから少しして、ハルは新郎新婦への改めてのお祝いと、カフェへの来店を感謝する簡単な挨拶をした。大勢の人を前にして平常でいられるのは、本当にすごい。

「これからまた、ピアノを弾こうと思うんですが──。少女が母親に恋心を打ち明ける、かわいい曲です。新婦のそんな姿を、思い浮かべながら、聴いてください。もちろん、食事、会話、しながらで結構です」

 ハルは一礼してからピアノの前に座り、奏でたメロディは夏紀の予想通りだった。

 主題の部分はほとんど同じ、けれどその後のアレンジは夏紀が知っているのとは違っていた。ずっと明るいメロディで低音部分もほとんどなく、タイトル通り本当にキラキラとした音がハレノヒカフェに響き渡った。

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