4-2
夏紀はさやかとカフェを出ようとしたけれど、ハルに止められた。話があると聞いてさやかはニヤリとしていたけれど、そういう話ではないらしい。
「さっきの二次会の話。BGM決めるの、手伝って」
「あ──はい」
「それじゃ行こうか」
どこに行くんですか、と聞こうとして、思い当たる場所があったので聞くのをやめた。ハルの自宅のリビングに、数え切れないほどのCDや楽譜が置いてあるのを思い出した。
クラシックからポピュラー音楽まで、幅広いジャンルのCDがテーマごとに並べられていた。中にはもちろんウエディングコーナーもあって、夏紀とハルはそこを順番に見た。
定番から、新しいメロディまで、ありすぎて迷った。
「主役の想い出の曲とか、あれば良いんだけど」
「うーん……あっ、この曲……」
夏紀が手に取ったのは、高校の時に流行ったウエディングソングだった。歌ったグループは既に解散してしまっているけれど、カラオケにいくとさやかはいつもこれを歌っていた。
「それ、伴奏ピアノじゃなかった? 確か」
「そういえば……。はは、でも、私には無理ですよ。ハルさんなら」
「やってみる? 生演奏で。サプライズの」
「え……私、ですか?」
「そ。楽譜もあるし、何ならうちのピアノ、消音装置付きだから」
なんだかんだで、夏紀がハルの近くにいる時間を増やされている気がしなくもないけれど。ハルの思い通りに話を進められている気がするけれど。
それよりもさやかの喜ぶ顔が見たくて、夏紀は二次会でサプライズの演奏をすることに決めた。
「ただ──結構、難しいから、覚悟した方が良いな」
その言葉に夏紀は少し後悔したけれど、曲を変えられるはずはなく──。
木下家の生活やピアノ教室の邪魔にならない時間をみて、夏紀は毎日、練習に通った。
選んだ曲はハルが言う通り、今まで弾いたどの曲よりも本当に難しかった。オクターブの開きが続いたり、複雑な和音に臨時記号が付いたり付かなかったり。
「これ、弾けるようになる気がしない……」
原曲よりも遥かに難しくなっていると思わるピアノ譜を見つめる夏紀の目の前から急に楽譜が消え、代わりに譜面台にチョコレートの箱が置かれた。
「ちょっと休憩しよう。テーブルに、コーヒー入れてるから」
「ありがとうございます……」
夏紀がソファに座ってチョコレートを口に入れると、軽やかな音が流れてきた。選んだ曲のイントロはピアノの高音部分のキラキラしたメロディで、やがて静かに他の楽器が加わる。一番の盛り上がりでは音も重厚になって、ピアノ譜ではそこが夏紀には超難関──なのに。
何の問題もなくスムーズに演奏するハルに、夏紀は本当に見惚れてしまった。
ハルが代わりに演奏すれば、大成功は間違いない。少なくとも夏紀は彼が間違えるところを見たことが無いし、そんな予感もしない。
「ナツ──美味しい? コーヒー」
「え? あ、は、はい」
夏紀はコーヒーカップを持ち上げていることを忘れていた。ハルに見つめられた照れ隠しにコーヒーを飲むと、ハルは「良かった」と言って、『ネコ踏んじゃった』を弾いた。
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