雑談勇者 ~最寄りは始まりの森であってくれ~

久世れいな

最寄りは始まりの森であってくれ

【雑談勇者】


「最初の村にはスライムしかいなくて、徐々じよじょてきが強くなっていくのってなんでなんかなあ」

 世の中の全てがにくいとでも言わんばかりの顔をした魔法まほう使いが、いかにもな見た目の杖を手入れしながら愚痴ぐちっている。

 確かにそうだよなと、とおれは思う。どんな冒険ぼうけんもそうでなくてはならない。

 村からの旅立たびだち。

 初めての戦闘せんとう

 広がってゆく世界地図せかいちず

 ゆるやかに上がってゆく難易度なんいど

 立ちはだかる魔王まおう

 そして、ひめとの甘酢あまずっぱいロマンス……。

 これぞ勇者ゆうしゃの冒険! って感じだ。うーん、良いなぁ。ワクワクしちゃうなぁ。あぁそうか、つまり……。



 「姫とイチャイチャするため、だ!」



 「いや何故なぜにそうなる――!?」

 俺の何気なにげない一言ひとことで、さらに表情をゆがませた魔法使いが火炎魔法を飛ばしてくる。やめろよ、下級魔法とはいえ普通ふつうに熱いんだぞそれ。

 「私はさ『どうして都合つごうよく手頃てごろな敵が出てきたりするのかなあ?』って聞いたんだよ? どっから姫が突然とつぜんわいて出たのよ」

 「胸の中にはいつも姫がいるんだよ。どんな苦しい戦いでも、助けを待つ姫のことを考えると不思議ふしぎと力がみなぎってくるもんさ」

 「良い話風に言ってるとこ悪いけどただの下心したごころだよね!?」

 「あと王からは報奨金ほうしょうきんとかたっぷり貰えると思うし――」

 「人間ってホントやな生き物だよね……1回ほろびたほうがいいんじゃん。特に目の前のヤツとか…………」

 魔法使いは、深々ふかぶかと被った帽子の隙間すきまから上目遣うわめづかいでジロリとこちらを見ていた。凄い迫力はくりょくだ。あまりにも怖すぎて、俺が下級かきゅうの魔物であれば裸足はだしで逃げ出しているところである。

 彼女とは小さい頃から一緒いっしょにいるが、なんだかんだ無駄むだ面倒見めんどうみがよく、こうして俺の冗談じょうだんにも付き合ってくれているのだ。

 杖の手入れは終わったのだろうか。軽くのびをした後、宿屋の机に力無く突っ伏してしまった。

 肩で揃った綺麗きれい栗色くりいろの髪が、重力じゅうりょくから解放かいほうされふわりと机に広がる。

 そんな魔法使いに、「先程さきほどの話だが――」と前置きして声をかける。

 「最初の村にスライムしかいないのは、魔王が気をつかってくれているからだぞ」

 「世界を本気で征服せいふくしたいヤツの配慮はいりょじゃないわね!」

 「でもなきゃ、SNSで魔物達から叩かれるしな。エゴサなんてした日には立ち直れなくなる」

 「メンタルが繊細せんさい!」

 「あとは、強い魔物ほど僻地へきち派遣はけんしようとすると反発されるんだよ。魔王城付近ふきんの方がなにかと暮らしやすいからな。その点、スライムみたいな下級の魔物は気兼きがねなく飛ばせる。喋らないので不満ふまんも出ない。これが、ど田舎いなかな最初の村にはスライムしかいないカラクリだな」

 「絶対ぜったい知るべきじゃなかったよ……! 忘れたいよ今すぐっ!」

 魔法使いは「あうあうー」とうめき声のようなものを上げながら頭を抱えてもじもじしている。うーん、しかしなぁ…………。



 「どうして、ここからなんだろうな……」



 俺は椅子いすに深く腰掛けながら、木製のコップを手に取ると窓へと目をやる。外では歴戦れきせん猛者もさといった風貌ふうぼうの男女が複数人、肩で風を切って歩いている。剣とか盾とか、よく分からんが光を放ち過ぎててもはや直視ちょくしできない。

 遠くからは魔物の恐ろしい断末魔だんまつまが聞こえてきた。それをまるで雑音ざつおんかのように聞き流すと、魔法使いは皿の上の果物くだものを1つ取って口へと放り込んだ。

 「勇者みてみてー、"ヘタ"をベロでむすんでみた!」

 「それが出来るヤツは超エロいって聞いた事があるんだが」

 「なっ……!?」

 「だから人に向かって火炎魔法はやめろってば――!!!」



 魔王城、最寄もよりの街。

 レベル1のまま雑談し続けたとある勇者の記録。

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雑談勇者 ~最寄りは始まりの森であってくれ~ 久世れいな @QzeReina

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