8マス目 別世界の異物
何度繰り返しても、決して慣れることはないだろう。
俺は何度目かの最悪の目覚めに眉を潜ませながら、ベンチの上でため息をつく。
「また……、死んだ」
ネスト……、あいつの存在はやり直せばやり直すほど強大すぎる壁だと思い知らされる。
正面からぶつかって、話し合いも試して、国家権力を頼って、見ず知らずの他人も頼った。
常識の範囲でやれそうなことを思いつく限り試してこの結果。
そもそも普通のサラリーマンと戦い慣れてる凶悪殺人犯で勝負になるわけがない。
そんな事は、最初から分かっていたはずだ。
「でもいいのか? 俺が逃げたら……」
あの女の子は救われない。
それは痛いほど分かっている。
「見たはずだ、家族を失ったあの子の暮らしを。
何もない家で、たった一人で……」
今、あの子の運命を変えられるのはこの世界に俺一人。
出会って一日も経っていない子供に命を懸けるのは、自分自身バカだと思う。
お人好しにもほどがあるし、偽善と言われても否定できる自信はない。
…………でも、逃げたくなかった。
「俺、ここで逃げたら一生後悔するかもな」
後悔しないため、次こそ生きて前に進むために。
そう自分に言い聞かせて、必死で頭を巡らせた。
「まだやっていない事、試してないことは何だ?」
こういう場合、真っ先に思いつくのは自爆特攻というやつだ。
何度でもやり直せるのだから、命を存分に無駄にして少しずつ動きを見極めていく。
でもそれをやったら、俺は人としての何かが壊れてしまうだろう。
廃人にはなりたくない。
もう痛いのも辛いのも、苦しいのも充分味わった。
「こんな俺に殺す技術なんて身に付くわけがないんだ。
だったら殺しの技じゃない、俺が生き残って敵を退ける方法を探す。
多分、……俺にはそれしかない」
俺は額に手を当て、何かを探すように視線を大きく動かす。
その視線は、すぐ横に置いてある鞄を見て停止した。
「鞄…………、そういえば」
俺は鞄を開いて中を見る。
たしかネストには鞄の中身をほとんど使っていない。
自分からしたら何でもない日用品ばかり。
でもこの世界の人間はどれも見たことが無いはずだ。
これをうまく利用できれば、もしかしたら……。
「えっと、何入ってたかな」
俺はベンチの上にカバンの中身を並べてみた。
スマートフォン、充電ケーブル、タブレット、イヤホン、手帳、筆記用具、口臭スプレー、ヘアスプレー、小説本、絆創膏、ハンカチ、デジカメ、タバコ、ジッポライター、ライターオイル、携帯灰皿、それからクリアファイルに入ったどうでもいい書類が四枚。
あとはポケットに、財布と名刺入れ。
残金は5万2千640円と、まぁそこそこある。
この中でネストに通用しそうな物となれば……。
「やっぱりこれかな……」
手に取ったのは、スマートフォンとタブレット。
いくら頭の切れる相手であろうと、別世界の技術には戸惑うはず。
ただ、そこからどうするかが問題だ。
隙を見せたネストに攻撃をするにしたって、今の俺には手段がない。
探せばそこらに剣くらいは売ってるかもしれないが、俺が剣なんか持ったところで豚に真珠。
せめて俺でも扱えそうな小振りのナイフか短剣、包丁でもいいから手に入れておきたい。
「通りの雑貨屋で物色してみるか」
そう決意して立ち上がる俺の視界に、一軒の店舗が映り込む。
川を挟んだ向こう側に閑古鳥が鳴いている小汚い道具屋。
本や杖を陳列する店の前に、少し埃をかぶった質素な装飾の鏡が置いてある。
俺はタブレット端末を手に取り、視線の先と交互に見比べた。
「鏡……うん、良いこと思い付いた」
俺は手早く荷物を鞄にしまうと、人の声溢れる街中へと足を踏み出すのだった。
ふりだし廻りの転生者 チリーンウッド @tiri-nwood
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