7マス目 赤いドレス
「……いや、弱音を吐くのは後だ。
こんなところに座ってる時間も惜しい」
俺は考えてるだけでは耐え切れず、あてもない街中へ足を向ける。
どうしようもできない自分の無力さを精一杯に噛み締めながら、ただ歩いた。
どれくらい歩いただろう。
ふと遠くから高笑いのような声が聞こえて、俺は顔を上げる。
「……なんだあれ?」
大通りにある辺鄙な靴屋の前に広がる光景に、俺は思わず足を止めた。
そこには金色に光り輝いている馬車と、20人はいる執事とメイドの集団が、せっせと荷物を積み込んでいる異様な光景。
そして何より気になったのは、アホみたいに高笑いしている一人の女。
見たところ歳は若く、多分10代後半だろう。
だが問題はその格好だ。
金! 金! 金!!
全てが金色の装飾品に、宝石をちりばめた金色のドレス。
白いレースに金の花柄をあしらった豪華な日傘。
バブル時代のディスコで見るような、馬鹿みたいに派手な扇子。
金髪を後ろ手に結んだ長いポニーテールには、宝石付きの髪飾りが光っている。
金持ちという言葉をその身で体現しているような人物がそこにいた。
「さぁ、早く積み込みなさい! オーホッホッホッホッホ!」
性格も見た目通りのようだ。
……オーホッホッホなんて、実際に聞ける日が来るなんて思わなかった。
「いやぁ、助かるよエリザベートちゃん」
店の店主らしき人が、頭を下げているのが見えた。
それを受けた金持ち女は、扇子をはためかせ偉そうにしている。
「礼には及びませんわ。 わたくしは良い品と思ったから買っているまで。
わたくしに良いと判断させたその腕、誇ってもよろしくてよ」
よく見ると手作り靴の店と書いてある。
店自体は古く、今にも潰れそうなほど寂れている。
きっと彼女が手を差し伸べなければ、潰れていた可能性も大いにあったはず。
「思ったよりも、話せる人なのか?」
俺はなんとなく、高飛車風の女性に関心の目を向ける。
その時だ、俺の脳内であるひらめきが生まれた。
「……あの人、屈強なボディーガードとかがいたりしないかな?」
こうして眺めているだけで、彼女の指示に従い多くの人間が動いている。
あの金持ちが、財力だけでなく大きな権力も握っているのならばありえない話ではない。
もしも10や20の私兵ともいえる人数を従えているのならば、あの化け物女を数で圧倒できるかもしれない。
もちろんその可能性は限りなく低いが、今はできる事を片っ端から試すしかないだろう。
「あの、すみません!」
俺は扇子で口元を隠す金色の女性に、さっそく声をかける。
「あら? わたくしに何か御用ですの?」
用なんて生易しいものじゃない。
正真正銘命がかかってる。
だから俺は力強く、そして深々と頭を下げて頼み込む。
「突然のお声掛け、大変失礼とは存じます!
しかし一刻の猶予もないんです、どうか力を貸してください!」
下げた頭を少し上げ、彼女の顔をうかがう。
だがその表情を見るに決して良い印象ではないのがわかった。
「……わたくしに何をしろと言うんですの?」
警戒するのも無理はない。
しかし、意外にも話だけは聴いてくれそうな雰囲気だ。
「不躾な頼みとは存じますが、あなたの私兵を貸してもらえませんか」
突然こんなことを言われて、はいどうぞと言う人間なんていない。
そんなことは俺自身よく分かっている。
けれども限られた時間で戦力を手に入れるには、断られながらもどうにか突破口を見つけ出して、なんとか交渉段階まで進める。
俺はそういう手順を頭の中で構築していた、……しかし。
「理由を聞きますわ」
それは予想外の返答だった。
もっと警戒されて、護衛か何かに殴られるまで想定していたのに。
俺は顔を上げて、つい聞き返してしまった。
「……その、断らないんですか?」
金持ち女は開いていた扇子をとじると、その先端を俺に向ける。
「わたくしは気が長い方ではありませんの。
もう一度言いますわ、理由を言いなさい」
俺はいまだ信じられないという気持ちを抑え込み、必死の思いを言葉に込める。
この人の眼を一瞬たりとも逸らさず、大前提だけを一番簡潔に述べてやった。
「……救いたい人がいるんです」
グダグダ説明はしない。
たった一言、それだけに俺は賭けた。
「……なるほど、ならば交換条件ですわ」
女は開いていた傘をとじると、その先で俺の鞄を突っついた。
「その入れ物、わたくし初めて見ましたわ。
ぜひ頂きたいものですわね」
交換条件というから何を要求されると思ったが、会社に持っていく普通の通勤鞄とは。
もちろん中には大した物は入っていない。
だからこそ、俺はわざとらしく鞄を抱き寄せると、力強く言ってやる。
「ああ、……ああいいさ。 こんなもんで良いなら構わない。
中身ごと全部持っていってくれ!!」
スマートフォン、デジカメ、その他色々な地球産アイテム目白押し。
この世界からすれば不思議なオーパーツの山だ。
だからこそそんなものを景気良くあげてやった方が、金持ちからすれば好印象だろう。
その考えは見事に的中したようで、女は機嫌良さそうに扇子を広げ直す。
「いい心意気ですわね! 交渉は成立。
テンダー、馬車を出しなさい!」
「かしこまりました!」
テンダーと呼ばれて返事をしたのは、周りの使用人たちと比べてもひと際若く見える執事。
紫の髪に銀の懐中時計をぶら下げた姿は、滲み出す頼りなさを拭えない。
そんな若執事さんは、金色のではなく付き人用の地味な馬車を出してくれた。
この馬車なら人目につかずに待ち伏せることができそうだ。
馬車を使えば、ここから少女の家まで10分とかからず着くだろう。
俺はもう一度深く頭を下げると、馬車に乗りこみ場所を伝える。
すると、何故かあのお嬢様が馬車に乗りこんできた。
「わたくしはエリザベート・ベヨネッタ。
わたくしの前に座れることを光栄に思いなさい」
「へ? ええ……、ありがとうございます。
ですが……、あの、私兵は?」
「そんなものわたくし一人で十分ですわ! オーホッホッホッホ!」
もうダメかも知れない。
俺は涙目でそう思った。
馬車に乗りながら、俺は不慣れな戦い方について頭を巡らせていた。
相手は三人ということを考えると、せめて敵を分散したいところ。
けれども、手綱を握る若い執事はどう見積もったって喧嘩ができるようには見えない。
だからと言って、このお嬢様が戦えるなんてもっと思えない。
いっそのこと馬車で轢き逃げも考えたが、ネストは避けるどころか馬車ごと斬り伏せそうだ。
「このあたりですわね。
テンダー、停車を」
俺がうだうだと考えてるうちに、少女の家が見える位置に到着した。
馬車のカーテンを少しずらし外の様子を確認してみるが、パッと見て奴らはまだ来ていない。
「はぁ、間に合ったっぽいな」
俺が安堵のため息をこぼすと、エリザベートが俺の方を食い入るように見つめていた。
こうやってじっくり見てみると、モデルみたいな綺麗な顔立ちしてる。
……こんな状況で何考えてんだ俺。
「あの……、どうしました?」
「いいえ、中々ポーカーフェイスが上手いと思ったまでですわ」
ポーカーフェイス?
意味が分からなくて質問を返そうとした俺に、エリザベートは微笑んだ。
「もう演技はいいんですのよ?」
「え?」
狭い車内で立ち上がるエリザベート。
彼女は何にも言わず、笑顔のまま傘の切っ先をこちらに向けた。
傘の先は鋭くとがっている。
突きでもされたら、分厚いスーツの上からでも簡単に刺さってしまうだろう。
「え、あの、どういうことですか?」
「動かない方がよろしくてよ」
首元に傘の先が触れる。
今起きている状況が、何一つ呑み込めない。
「さぁ、お仲間はどこにいますの?
早く話さないと、一生話せなくなりますわよ」
少しずつ、エリザベートの笑顔が消えていく。
寒気がする眼光が俺の眼を焼き、喉元の冷たい感触が表情筋を引きつらせる。
「あの、もしかして、俺を敵か何かだと?」
エリザベートの表情は変わらない。
ただ、冷たい視線で俺を見降ろし続けている。
「困りますわね、わたくしはそんなに無知だと思われていましたの?」
「え? いや、何のことだよ!?
意味が解らない! 説明してくれ!!」
「残念でしたわね。
わたくしも少しは北国の情報を掴んでいますのよ」
……北国? 北国の情報ってなんだ!?
俺の発言の中に、地雷でもあったっていうのかよ。
もしそうだったとしても、俺は他国どころかこの国の事だってほとんど知らないのに。
「その恰好、カナリア国の暗殺部隊の一味ですわね。
あんな不必要で説明不足な接触、どうせわたくしを暗殺しろとでも命令されたのでしょう?」
「俺は知らないぞそんなの!」
必死の言葉はエリザベートに届かない。
それどころかため息をつかれるばかり。
「最近動きを見せていましたので、知り合いの召喚士に調べさせたんですわ。
カナリア国、国家直属暗殺部隊、その名を『亜人隊』。
普通の人間に見えますけれど、その姿は擬態ですわね?
姿を変える構成員がいることも調べはついていますわ。
少し前にエルフの里を襲撃した際の目撃情報、しっかり出回ってましてよ」
亜人隊? カナリア? エルフの里!?
知らない情報をたたみ掛けられたって、俺の口からは「あ、うっ」としか出ない。
「まさか、調べた通りの服装で来るなんて、予想外でしたわ。
ターゲットに接触するときは、せめて着替えてから御越しなさい。
……暗殺者に言うのも変な話ですけれど、もう少し勉強なさったら?」
話を聞く限り、悪人の服とビジネススーツが似ているのは理解できた。
しかもスーツについて説明することができないのだから、誤解を解くことができない。
この服は別の世界の服なんですなんて、そんな説明が通る状況じゃないぞ。
「わたくしは気が長い方ではないと言ったはずですわ。
これ以上口を割るつもりがないのなら……」
「や、やめ、……っぐぁ」
エリザベートは静かに傘に力を込め始めた。
俺の首から一滴の血が滲みだす。
ここでエリザベートを蹴り飛ばし逃げることもできるかもしれない。
だがそうなると少女の家族は絶対に助からない。
「わかった言う! 言うからやめてくれ!!」
俺の頭じゃ他の方法を思いつくことができなかった。
このまま殺されるか逃げ出すか。
どちらも選べない馬鹿な男の末路。
「やっと言う気になりましたのね?」
喉に押し付けられた傘が離れる。
これで殺されるのは回避できたが、無実の罪を認めてしまったのは最悪だ。
今から俺はただの悪人。
住所不定無職の現段階から、さらに最下層にまで落ちてしまった。
だがまあ、これでこの場に衛兵達も集まってくることだろう。
ここで騒ぎを起こせば、あの女の子たちも無事でいられる。
そんな、……そんな楽観的な考えでいた俺が大馬鹿だった。
「………………手遅れかよ」
俺の口から、思わず言葉が漏れた。
気づいてしまったのだ。
カーテンの隙間から、光が入ってこないことに。
窓に景色は映っていない。
そこから見えるのは、鼠色のローブ。
覗き込む視線と、俺は目を合わせていた。
静かに、そして楽しそうに笑いながら車内を覗き込むネスト。
状況は正真正銘に最悪へとシフトする。
エリザベートが気づいたようだが一瞬遅い。
「テンダー!! 一旦引きますわ……よ…」
俺の頭上でネストの剣が真横に振るわれた。
馬車の壁ごと大きく切り裂く斬撃に、エリザベートは確かに身をかわして回避したように見えた。
けれども彼女は鮮血をまき散らしながら馬車の床に大きく倒れこむ。
「残念だけど、ベヨネッタの血筋は私にとって邪魔なのよぉ。
でもその赤いドレス、とっても似合ってるわぁ」
エリザベートは壊れたおもちゃのようにピクリとも動かない。
その綺麗な首筋から噴き出す血で、自慢の金のドレスが赤く染まっている。
「嘘だろ……、おい! エリザベート!!」
「さぁて…、あなたはどこを斬られたい?」
一瞬で馬車の壁を切り裂いて、姿を現した最悪の女。
ネストは余裕のある顔で曲剣についた血を布で拭っている。
壁が取り払われたせいで、手綱を握ったまま首を切り落とされた執事の姿が目に入る。
助けてくれる人間は全滅した。
逃げようにも、血でぬれた床では滑って走り出すこともできない。
足元に倒れこんでいるエリザベートは、まるで置いてかないでと言わんばかりに、冷たくなっていく腕を俺の足首に絡みつかせている。
「俺を……、殺すのか?」
「怖いのぉ? 大人でしょ?」
「何で殺すんだ?」
「現場を見られたら、殺すのは普通じゃない?」
ネストはうすら笑いを浮かべ、近くの家を指さした。
その光景に俺は目を見開いた。
「やっ、やめろ!!
その家に手を出すんじゃねぇ!」
俺が守ろうとしていた、女の子の家。
今まさに、そこへ凶悪な二人組がドアを破壊し中へと入りこんでいった。
叫び声、怒号、狂気の笑い。
……そして、窓に鮮血が飛び散った。
「うふふっ、なぁ~に?
お知り合いだったぁ? ごめんなさいねぇ」
また、救えなかった。
今度は目の前で、殺されてる最中でも俺は動けなくて……、ちくしょう。
「さぁ、そろそろあなたの番ねぇ」
ふざけてる。
でもどうしようもない。
だったら……、このまま殺されるならせめて、次に生かす情報を集めてやる。
次に戻った時に、お前を倒せる情報を。
「最後に教えてくれ……、あんた達の目的ってなんだ?」
「何のことかしらぁ?」
「何かを探してるんだろう?
冥途の土産ってことで教えてくれないか?」
少し苦しいか?
そう思う俺をよそに、ネストはクスクスと笑った。
「そういうことを言う子は久しぶりねぇ……」
ネストは俺の胸元に手を伸ばす。
懐に手を入れて、全身のポケットを確認していく。
ネストの前髪が顔に触れるが、払いのける気力もない。
もうすぐ殺されるのだから、大抵のことはどうでも良くなる。
「通信水晶は持ってないみたいねぇ。
疑ってごめんなさい、うふふふっ」
「なら話すのか?話さないのか?」
「疑っちゃったお詫びよ。 少しなら答えてあげるわぁ」
そう言うと、ネストは背後を確認して、あの二人組が戻ってないことを確認する。
仲間にも漏らせない情報ってことか?
だとしたら、かなり重要な情報を教えてくれるのかもしれない。
「聞かせてくれ、お前らが探しているものはなんだ?」
「それって、竜王の宝石のことかしらぁ?
それくらいなら、調べられてると思ってたわぁ」
いきなり目的を教えてくれるとは思わなかった。
これならば想像以上に情報が引き出せるかもしれない。
「なら、あんたらの組織のボスは誰なんだ?」
「いきなり随分と踏み込んだ質問をするのねぇ。
遠慮って言葉を知ってる?」
「死ぬ寸前で遠慮をして、……どうするんだよ」
「あははははっ、それもそうねぇ、じゃあ特別よぉ」
やった!!
これでボスの名前を知ることができれば、
次こそ、この女を出し抜ける!
「ボスの名前は……、アイザックよ。
南のアルバロっていう街に拠点を置いてるの」
思いがけず拠点までわかった。
これなら奇襲をかけられるし、戦術の幅が大きく増える。
「アイザックか……、なら次は幹部の名前を…」
一瞬言葉が詰まった。
別に噛んだわけではない。
俺の視界の右端で、血しぶきが噴き上がったのだ。
次の瞬間、俺の右耳が耐え難い激痛に襲われる。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
耳を押さえてうずくまると、切り落とされた耳が床の血だまりに浸かっていた。
「お、俺の耳が……、ぐぅぅ……」
「ごめんねぇ。 でも、飽きちゃった」
「……飽き…た?」
「そう、あなた下手くそなんだもの」
ネストはどこまでも冷たい目で俺を見下ろす。
「なんの……、ことだよ……?」
「冥途の土産ってね、そんなに嬉しそうに聞くものじゃないのよぉ。
仲間に伝えられなかった情報の答え合わせなんだからぁ。
本来なら、心底悔しそうに涙を浮かべて聞くものなのよぉ」
「あ……」
確かに、冥途の土産なんて自己満足のための、紙屑のような情報だ。
それを嬉しそうに耳を傾けるということは、どうにか次に繋げる策がある。
そう言ってるようなものじゃないか。
……見透かされた、何もかも。
「残念だったわねぇ。 通信水晶を体内にでも埋め込んでたのぉ?」
「違う……、そんなんじゃないさ」
「そうなのぉ? じゃあ、最後に一番いい情報をあげるわぁ」
「……なんだよ」
「さっきまでの情報は、ぜーーんぶ嘘よぉ」
「それだけは知ってるよ……」
次の瞬間、視界が宙に浮かぶ。
それが首を落とされたせいだと分かった時には、もう意識は暗闇に消えていた。
『ふりだしに戻る』
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