6マス目 真実は嘘より疑わしい
俺は表通りを走りながら、右に左に視線を向ける。
戦うために作戦を練るべきかもしれないが、素人が小細工するにしても、時間も人手も足りない。
「……おっかしいな、前はいたはずなのに」
つまり、下手に自分一人で解決しようとするのは得策ではない。
こういう場合の庶民の特権、悪人に対抗するには国家権力に頼るのが一番。
この世界で言う警察は、きっと衛兵だろう。
となれば、以前俺に怒鳴ってきたあのおっさん衛兵が近くにいるはず。
ネストほどの大物が現れると伝えれば、きっと何とかしてくれるだろう。
「見つけた!!」
俺はその大柄な背中に向かって声を上げる。
ふり向いたその顔は、間違いなくあのおっさん衛兵だ。
「ん、なんだお前は?
道なら別の奴に聞け」
衛兵はめんどくさそうな顔をして、虫を払うように「しっしっ」と、嫌悪の態度を表す。
だがこんなことで引き下がってはいられない。
俺はできるだけ大げさに、ネストの事を知らせようと声を大に説明する。
「見たんだ、張り紙にあった色黒の奴!
あのネストとかいう極悪女を!!
逮捕でもその場で粛清でも何でもいい、とにかく何とかしてほしいんだっ、頼む!」
ネストが話通りの強さなら衛兵に頼むのは心もとない。
だが魔法を使った兵器を持ち出すとか、何かしらの対策を取るくらいはしてもらえるはず。
……そう思っていた。
「っ…くくくっ、………あっはははははははは!」
「……いや? 笑う場面じゃないだろ。
どうしたんだあんた!?」
突然衛兵は腹を抱えて笑い出す。
ひどく焦ってる俺を前に、衛兵の口から出たのはあまりに非情な言葉だった。
「ネストなんて大物が街中にいるわけがないだろうが。
まったく、変な冗談で笑わせるな」
このおっさん、……俺の言葉を微塵も信じていない!?
「いやでも……、手配書の顔と同じだったし……」
「でもも何もないんだよ。 そういうイタズラは毎日のように入ってくる。
そんな物にいちいち対処なんてしてられない。
特にお前みたいなヘンテコな格好した野郎にはな、わかったか?」
確かに俺の格好は周りと違う。
だからといって、市民からの決死の通報を無下にするどころか罵倒。
いくらなんでもこの対応はあんまりじゃないか。
「いやちょっと、せめてもう少し話を……」
そんな俺に衛兵は冷たく背を向ける。
何だかこの街の治安が悪い理由もわかった気がした。
とにかく、やる気のない者と話していても時間を潰すだけ。
俺は小さくなっていく後姿を睨み付けると、足早にその場所を離れた。
「こうなったら、あの子の家族を家から逃がすしか……」
しかしどうやって?
衛兵ですら信じてくれないのに、見ず知らずの男が「ここは危険だから逃げろ」と言ったって従ってくれるとは思えない。
そうやって頭の中で色々と考えながら歩き続けていると、気が付いた時にはもうあの子の家の前にたどり着いていた。
「ひとまず扉は壊れていないし、窓も割れてない。
奴らはまだみたいだな」
だからといって、このままではすぐにあの三人がここを訪れる。
いっそのこと罠でも仕掛けるか?
まぁそんな道具もなければ、仕掛け方もわからないんだが。
「くそっ、今何時だ?」
せめて考える時間が欲しい。
俺は願うように視線を腕時計に向けた。
針が指す現時刻は、11時17分。
「えっと、俺が最初この家に来たときは40分前後だったはず。
人を三人殺して、家の中を調べる時間を考えたら……」
俺は時計に目をやりながら大まかに計算してみた。
ほぼほぼ推測になるが、おおよそ15分程度はかかるだろう。
そう結論付けた俺が腕時計から目を放す、すると……。
「嘘だろ、まずい……、本気でまずいぞ」
視線の先に見えた人影。
あのローブ姿を俺は見間違えるはずがない。
「……ネスト」
怒りを込めてそう口にするも、正直足がすくむ。
当然のように彼女の後ろには凶悪そうな顔の二人組もいるし、もはや視界に見えているこの状況で作戦なんて考えている時間はない。
何も思いつかない状況で事態の悪化を待つよりは、事態が好転するまで時間を稼ぐ方が幾らかマシだ。
もはや運に任せた作戦とも呼べない愚策。
俺は冷や汗を拭い唾を飲み込むと、駆け足気味でネストたちに近づいた。
「あのー、ちょっとよろしいでしょうか?」
下手に飛びかかっても、1秒ともたずに肉片にされるだけだ。
だから話しかける、会話を作る。
無力な俺にできるただ一つの時間稼ぎ。
「……失礼ですが、ネスト様でよろしいですか?」
「失せろ、殺すぞ」
細身の男が俺に脅しをかける。
この流れは当然予想できたとはいえ、心の奥では焦りが出る。
不本意だが一番話が通じそうなのはネストだ。
この女、考えてることはわかりにくいが、すぐに攻撃に移ることはしないのは以前の戦いで見た。
しかし問題は取り巻きの二人。
下手に怒らせると、話も聞かずに武器を振るってくる。
防ぐことも避ける事も出来ない俺には、それが一番困るのだ。
「おい! 失せろっつってんだよ、聞こえねぇのか!?」
とにかくここで会話を終わらせるわけにはいかない。
「いえ、申し訳ありません。
ですがそちらの家には、入っても意味はないのです」
「あ? どういう意味だオイ!
……ってか何でその事を知ってやがる!?」
こうやって質問された場合、自分たちしか知らないような情報を混ぜる。
そうすれば相手は、こっちの話を聞かずにはいられない。
「いえ……、実は、あの家に地下室があるというのは、誤報でして」
「ええー!? それじゃー、竜のま…」
確かに今、太った男が何かを言いかけた。
だが、途中で声が途切れてしまう。
口を塞がれたからではない。
その言葉が発せられる前に、太った男の首が宙を舞ったのだ。
俺は一瞬何が起きたのかわからなかった。
「ダップ!!?」
首を失った巨体は力なく地面に倒れこみ、溢れる血を地面に滲ませる。
絶望感に体を震わせる細身の男は、死に顔すらなくなった仲間の体を抱き寄せた。
「言ったわよねぇ? 他言厳禁って。
契約書はよく読まなきゃだめよぉ、うふふっ」
ネストの手には、べっとりと血の付いた曲剣。
「うぉぉぉぉ!! ダップぅぅぅぅ!!!」
俺は言葉を失っていた。
状況だけ見ると、かなり有利になっているのは間違いない。
敵は一人減り、奴らの探していたものが『竜』と名の付く物だということが分かった。
しかしたった一言の失言で仲間の首を刎ね飛ばすなんて狂っている。
ネストに話が通じるなんて考えたさっきの俺をぶん殴ってやりたい。
「おい、姉さん! いくらあんたでもこれは見過ごせねぇぞ!!!」
「見過ごせないって、……何が?
私は契約を果たしただけでしょう。
それとも私と殺る気かしらぁ?」
ネストは再び曲剣を構えた。
細身の男も大振りのナイフを手に取り、憎しみに顔を歪ませる。
だが誰が見ても細身の男に勝ち目があるようには見えなかった。
「弟の弔いだ、せめてその綺麗な顔を傷物に――」
振りかぶる男の右腕が消える。
いや、ネストによって斬り払われたのだ。
あまりに速くて目で捉えきれない。
「……こんなもんで、くたばるとでも……、思って……」
「そう……、強いわねぇ、でもさよなら」
一瞬振りかぶったように見えた刃は、目蓋が閉じるより早く振り下ろされていた。
ブレもなく縦に切り裂かれた男の体は、血をまき散らしながら半身ずつ地面に倒れこむ。
もはや戦いでさえない、ただの虐殺だ。
「どぉ? これで話しやすくなったかしらぁ?」
「な…何言って……」
ネストはニヤニヤと笑いながら、刃の血を拭う。
「私と話したかった……、そうでしょ?」
こちらに近付きつつ楽しそうに笑うネスト。
身の毛もよだつ凄惨な現場を作りだしながら、会話の場を作ったと思っているのか?
だがここで焦りを見せれば、それこそ奴の思うつぼだ。
焦らず、震えず、眼を逸らすな。
「いえその、私は誤報を伝えに来たのでありまして……」
「そうだったわねぇ、で? あなた所属部隊はどこぉ?」
所属部隊……、そこまでは頭が回らなかった。
失言程度で処刑される組織、忘れたは通じない。
かといって、この質問の答えは考えて出る類とは違う。
そしてこのまま黙っていても殺されるのは明白。
……賭けてみるか。
「どうしたの、早く答えてちょうだい?」
「……わかりません」
俺は正直な言葉を口にした。
下手な誤魔化しも効かず、嘘もつけない。
それならば、あえて思っている事をそのまま言ってやる。
「うふふっ、よく聞こえなかったわぁ。
今、なんてぇ?」
「申し訳ございません! おっしゃる意味がわかりません!」
この選択は成功か、失敗か?
……外れたら死ぬ。
「あらぁ……、そうなの? うふふっ、冗談よぉ」
「へ?」
「ごめんなさいねぇ。
こうすればバカな敵は引っかかってくれるのよ。
私たちの組織には部隊なんて無いのに、
忘れました~とか、あなたと同じ部隊です~とかね」
ネストは笑っているが、俺の服の下は冷や汗でずぶ濡れだ。
こいつが殺した兄弟に語ってた契約という発言から、人を雇って戦力増強していると予想を立てたのだが。
その考えが合っていれば、ネストの所属する組織自体は小さいんじゃないかと考えた結果だ。
どうやら俺が必死に巡らせた想像は当たったらしい。
この女とんでもないカマかけしやがる。
「でも困ったわぁ、あなたが敵だと思ってたから、
馬鹿を二人も殺しちゃった」
「それは申し訳無いことをしました」
俺は深く頭を下げてみせた。
それを見たネストは、満足そうに笑う。
「ねぇ、お詫びにあれを探すの手伝ってくれない?」
「……あれとは、何ですか?」
「ボス直々の命令のアレよ、ア…レ……、うふふっ」
……気のせいだろうか、様子がおかしい。
アレというのは多分、さっきの男が言ってた竜の何とかってやつだろう。
でも雇った男にさえ話しているのだから、組織の人間にもったいつける理由がない。
これってもしかして……。
「……飽きちゃったぁ」
ネストの声が聞こえた瞬間、視界が揺れ動く。
規則的な水の音が耳に響いたと思ったら、突然足の力がガクリと抜ける。
身体が熱湯でもかけられているかのように熱い。
そうして俺はようやく理解した。
胸に、……穴が開いている。
「結構惜しかったわよ。 うふふふっ」
「……な、ん……、で……」
「私の組織は少数精鋭なの。
さすがにたった数人を覚えられないほど馬鹿じゃないわぁ」
やられた。
完全に遊ばれた。
恨みや怒りをぶつけようとしたが、口を開く力は無くなり、目に映る景色の色も無くなり、音も消え、痛みも無くなって、意識は遠のいていった。
『ふりだしに戻る』
何度も経験した最悪の目覚め。
ネストたちが少女の家に着くまで、今からだいたい一時間ある。
しかしその間にできることが、全く思いつかない。
「俺は……、どうすればいいんだよ!!」
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