2マス目  六面体は死を運ぶ


「やめろぉぉおぉぉぉぉおぉおおぉぉ!!!!!!!!!!」


 街中に響き渡る絶叫。

 近くにいた人が何事かとこちらへ振り向く。

 

「……………あれ?」


 俺はいつの間にか、さっきのベンチに座っていた。

 今間違いなく路地裏に居たはずなのに、突然風景が切り替わった。

 状況が全く理解できない。


「……今のが夢とか? 

いや、夢のわけがないだろ!!」

 

 確認のためズボンのすそを捲り上げるが、傷はどこにも無い。

 だが間違いなく、ここには刃物が深々と突き刺さっていたはずだ。

 あれだけ痛かった腹も今は何ともない。


「……どう…なってんだ?」


 そもそも頭に刃物を振り下ろされて、死なないわけがない。

 死ぬ寸前に感じた頭を割られる感覚が、

先ほどの攻撃が寸止めでないことを物語っている。 


「そういえば腕時計が残ってる。 

持ち物を荒らされてないのか?」


 俺が少し焦りながら財布を開くと、……5万円入っていた。


「あれ? 俺さっき酒場で万札出したよな?」


 ……だがどう見ても、何度数え直しても、元通り5万円入っている。

 本当にわけが分からない。

 頭を抱えそうになった俺はふと、さっきから何回か見た奇妙な文字を思い出す。

  

「……ふりだしに戻る。 あれって何か意味があるのか?」


 ふりだし、最初に戻る、……ベンチに戻るってことか?

 死んだのに戻ってくるって、そんなまさか……。

 俺は腕時計に視線を落とした。

 今の時間は10時16分。

 一応スマホでも確認したが、時刻にずれは無い。


「……試してみるか」








「さっきのチンピラは居るかぁ!?」


 俺の怒鳴り声が酒場全体に響き渡る。

 店内の視線を一手に受け、一瞬身がすくむ。

 すると、店の入り口付近に座っていた男たちが立ち上がった。


「あんだ、兄ちゃん?

喧嘩でもしに来たのか? 邪魔だからとっとと失せろ!」

  

 今にも掴みかかってきそうなこの男。

 さっき俺の頭を、笑いながらかち割ってきた男だ。


「あんただよあんた! あんたら三人のことだよ!

今さっきボコられたって言うか、殺されたって言うか……。

なんか、身に覚え無いのか!?」


 とは言ってみたものの、明らかにブチ切れている表情。

 まともな返事が返ってくるとは思えない。

 男が詰め寄ってきて、俺の腹部に向かって拳を打ち込む。


「なに調子こいてんだよ、雑魚助が……んぎぃぃぃがああ!!!」


 深々と俺の腹にめり込むその拳から、噴き出すように血が飛び散った。

 目の前の男は、激痛にのたうち回る。


「もう見たんだよ、その攻撃は。 

……うーっいってて、意外に衝撃来るなぁ」


 俺はワイシャツの下に忍ばせていた、釘付きの木の板を取り出して、チンピラに投げつける。


「っ待てやボケがぁ!!!」  


 怒り狂った怒号が向けられるが、俺は既に走り出している。

 酒場から飛び出すと、あえて路地の奥へ走った。

 いくら向こうが熟知している道とはいえ、曲がり角が多い場所なら視線を切るのはたやすい。

 さらに、T字路を曲がった時に片方の道にスマホを投げて、反対の道に身を隠す。

 身を隠して数十秒後、怒りで顔を真っ赤にしたゴロツキたちが追ってきた。

 

「おい、どっち行った?」


「見てねぇよ。

でもゴミが不自然に散らばってる。

こっちに来たのは間違い…」


『ガシャン!!』


 突如響き渡るガラスの音。

 男たちは顔を見合わせ、音のした道へ走っていく。

 だが、さっきのガラスの音はあらかじめスマホで録音しておいたものをアラームで再生しただけ。

 ここまですれば、もう大丈夫だろう。


「……行ったよな?」  


 俺は周囲を確認しながら、コソコソとスマホを拾い上げた。

 さすがにこんな得体のしれない場所で、スマホすら失うのはマズい。

 

「しっかしあいつら、やっぱり俺のことを少しも覚えてなかった。

普通殺した相手が現れたら、ゾンビだとか言って騒ぐだろ……」 


 あれは完全に初対面の反応だった。

 やはり何かがおかしい。

 

「もしかして、タイムリープってやつ?

いや、でもそんな……」


「いたぞ!」


 ふり向くと、そこにはさっきの男たち。

 しまった、この場所に長居しすぎた。

 俺はわき目もふらずに全力で駆け出す。


「待ちやがれ、クソ野郎!!!」


 背後からの怒号が、少しずつ遠ざかっていく。

 どうやらあいつら相当飲んでいたらしい。

 ふらつく千鳥足の酔っ払い相手なら、さすがに俺の方が速いみたいだ。

 これなら逃げられる、そう思ったのもつかの間。

 俺の肩に、針が刺さったような痛みが走る。

 

「あぐぅっ、……なんだぁ!?」


 肩を押さえると濡れている。

 ……いや、これは血だ。


「ま、まさか撃たれた!?」


 ジンジンと響くような痛みだが、動けないほどじゃない。

 薄暗くて見えづらいが、向こうは立ち止まって何か喋っている。

 次の瞬間、通路の奥が青く光って何かが飛んできた。

 

「うおっ、危な……、何だこれ、水!?」


 俺が避けた先にあった古い木箱が、バケツの水を被ったように水浸しになっている。

 そんなものを確認している間に、通路の奥がまた光った。

 

「何だよこれ! 水鉄砲なんて威力じゃねぇぞ!?

と、とにかく外に!」


 俺は近くにあった金属のゴミ箱を盾にしながら走った。

 次々と水が飛んでくるが鉄を貫通する威力は無いようだ。

 このまま外へ走り抜ければ!


「いよっしゃ、出られ……あ」


 眼前に広がる馬の蹄。

 これは馬車だ。

 猛スピードで走る馬車の前に、飛び出してしまった。

 その無慈悲な馬の一撃は、俺のまばたきより早く頭蓋を打ち砕いた。














『ふりだしに戻る』

 白くぼやけた文字が目蓋の裏に映し出された。


「……あっがっぁあ!? 頭がっ……痛くない?」


 頭を蹴り潰された衝撃が、まだ生温く残っていると錯覚する。

 やはりこれは夢なんかじゃない。


「……そうだ、今の時間は?」


 スマホの画面には、10時15分と表示されていた。

 さっき確認した時間よりも前だ。


「間違いない……、戻ってる」


 俺は立ち上がり、今座っていたベンチを見つめる。


「ということはやっぱり、このベンチがふりだしってことか」


 つまり死んだらやり直し。

 死んだ瞬間、全てがリセットされて、ここに戻ってしまう。


「まるで、ゲームのコンティニューだな。

ゲーム……、ゲーム!?」


 そういえば俺がマンションから落ちた時にそんな声を聴いた。

 ゲームスタートとか言ってたはずだ。

 ゲームでふりだしに戻るって言ったら、あれしかないよな……。


「……すごろく?」


 でもすごろくにしては、サイコロもマスも何も見当たらない。


「どこかでサイコロを振れるのか? 

そうすれば駒を進められるとか……、ってええ!?」

 

 六面体で1だけが赤く塗られた、どこにでもあるサイコロ。

 それが何もない空間から現れた。 

 まるで炎の中から産み落とされるような、随分とシャレた出現の仕方だ。

 これは現状を知る手掛かりになりそうだ。


「……えっと、振ればいいのか?」


 俺はとりあえず地面に向けて振ってみた。

 サイコロは数回地面をはねて、目を出して止まる。

  

 ……1。


「これでどうなぐぷがぁっ………」














『ふりだしに戻る』

 何度も見た文字がまぶたの裏に映る。


「………ぎがぁっ! 死んだ? 今死んだのか!?」

 

 体を触るも、どこにも傷はついてないし五体満足。

 でも俺の身体は確かに、空気を入れ過ぎた風船のように弾け飛んだ感触があった。

 何にしても、まともな死に方ではなかったのは確かだ。


「何で? …………サイコロ?」


 わけがわからない、とにかくもうサイコロは出さないでおこう。

 そんなことを心の中で思ったとき、突如手の中に異物感を覚えた。

 恐る恐る握り拳を開くと、その手にはまたサイコロが握られていた。


「おいおいまさかとは思うけど、……サイコロって言ったら出てくるのか?」


 そう言った手のひらには、もう一つサイコロが現れた。


「ひぃっ、き…消えろ! 無くなれ! 吹っ飛べ! 消滅! 削除! リリース! デリート! バルス!」


 固くつぶった目蓋を開くと、手のひらのサイコロは霧のように姿を消していた。


「はぁ、はぁ……消えた? あ…焦った」


 とにかくサイコロって単語は言わない方が良さそうだ。

 まあ、サイコロなんてはずみで言う単語ではないけど。


「しかし、ほんとに消えろで消えるんだろうな、もう一度試すか?

……嫌だけどほっとくよりマシか。

対処法くらい知っておかないと。 ……あ、そうだ」


 俺は身構えて、できるだけ手のひらを体から離して叫ぶ。


「ダイス!」


 サイコロがひとつ出る。


「やっぱり言い方を変えても出てくる。

どこまでの言い方が適用されるかわからんけど、注意しとこう。

さて次は……」


 俺は少し考えてから、サイコロが零れ落ちないように両手を器のようにして言ってみた。


「ダブルダイス!」


 俺の予想通り、手のひらにサイコロがもう二つ出る。


「やっぱり複数同時に出せる。

これって何か使い道でもあるのか?

……ま、いいや、消えろ!」


 手の中のサイコロはすべて消滅した、やはり消えろで問題なさそうだ。

 ……バルスだったらどうしようと思ってた。


「おい! そこの男!」


 突然背後から響く怒鳴り声。

 俺は反射的に振り向くと、そこには兵士のような格好の男が立っていた。

 身長は俺より少し低いくらいで、ゴリゴリにマッチョのおっさん。

 確実に怒らせてはいけないタイプの人が、明らかにキレながらこっちを睨んでいる。


「は…はい、なんでしょう?」


「貴様さっきから街中で魔法を使って騒ぎおって!

住民が不安がる行動は控えろ馬鹿者!」


 地響きのような怒鳴り声が、全身に響く。

 あまりの声量に、近くの鳥たちが一斉に逃げ出している。


「す、すみませんでした!

以後気を付けます!!」


「ふん、あまり俺らの仕事を増やすなよ」


 最初に路地裏で泣き叫んだ時には来なかったくせに。

 完全に職務怠慢だろあれ。

 とまあ、そんなことは口が裂けても言えないが。

 そういえば、さっきあの人魔法がどうとか言ってたよな?


「魔法、……魔法ねぇ」


 そんなものあるわけがないと言いたいが、手から出る謎のサイコロ。

 さっきのチンピラが撃ってきた超強力な水鉄砲。

 極めつけは、このふりだしに戻るっていうタイムリープ。


「魔法のある国……、いや、世界」


 なぜか全員日本語を話す外国人。

 何故か流通通貨は円で、車ではなく馬車が走っている。

 目に入る光景、耳に入る情報、その全てが普通じゃない。

 小説の読み過ぎと馬鹿にされても文句は言えないが、そうとしか考えられない。


「これって……、異世界転生ってやつか?」

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