第17話・いざ森へ!


 一角うさぎを狩るのに夢中になっていた俺は、日が沈み始めた夕方の暗さで木の根に躓いてようやく、時間が経っていた事に気づいていた。


「帰るか」


 これ以上遅くなる事は良しとする程舞い上がってはおらず、日が落ちきる前に気づけたのだからと、進行方向を変え走り出した瞬間、視界の端で動く影を目が捉え俺は動きを止めていた。


(何だ…)


 ほんの一瞬だった。


 音もなく小さな影が茂みから茂みに流れ込んだ、それも目に残った影の残像と動く茂みの草葉の揺れで推測したに過ぎない。


 姿勢を落とし腰に差した剣の柄を右手で逆手に握り締め、刀身が光を反射しない程度で抜き構えていた。


(一角うさぎなら外敵の気配を察知すれば真っ先に逃げる筈だ)

 

 次第に高鳴る鼓動に意識が割かれずに、何秒何十秒と経ったその時、右斜前の茂みから物凄い勢いで迫ってる来る小さな黒い影を肉眼が捉えていた。


(ブラック・ラビット!?)


 外見的形は一角うさぎと殆ど同じだが、光すらも吸収する黒い毛が全身を覆い、一角うさぎよりも鋭く尖った角が今まさに、俺の心臓目掛けられていた。


「ッ―」


 柄を逆手で掴んだ腕の肘を曲げながら上に上げ、抜き出した刀身の腹が肉迫してきた角とぶつかり、まるで鉄と鉄が衝突したかのような音を奏でていた。


 振り上げきった剣先が角を上に弾き、自重でブラック・ラビットが自重で落ち始める僅かな間停滞し、手首と連動した鋒が向きを変え、小さな体に向かって振り下ろされ、肉を貫き土に剣が突き刺さる感触を得て、溜め込んでいた息を吐き出していた。


「はぁぁぁ、はぁっ、はぁぁぁぁ、勝った」


 突発的な戦闘で晒された死の感覚が、無意識に集中力を高めていた、その反動が返っていた。


「はぁぁ、もう本当に夜じゃねぇか」


 ブラック・ラビットは夜にならないと姿を現さず、姿を捉える事すら基本的に難しいモンスターで知れ渡り、個体を覆う黒い毛が神出鬼没さに拍車をかけ、角は微かに黄色が残っているものの黒く、薄い赤色の小さな瞳だけが、溶け込んだ夜の森で襲われる直前に見る事が出来る。


 極めつけはブラック・ラビットが持っているスキル、『暗歩』は足音を殆ど聞こえなくさせる為、人間に向かって奇襲を仕掛ける際は音もなく角を突き刺すそれは、まるで海のダツだ。


 あの角に刺され、動けなくなった所に追い打ちで再度角を突き刺し、人間を穴だらけにして殺し終えれば、小さな歯で食され餌となる。


(数匹で襲われたら死ねるな、急いで帰るか)

 

 俺は村に向かって走り出した。


 アギト父さんとの訓練のおかげで体力もかなり付き、戦闘を行なわず森を駆けるのなら問題ない距離であった。


 無造作に走り枝を踏み折り音を立てていれば、一角うさぎが自然と逃げていき、暗さが増すに連れブラック・ラビットの活動は活発になるものの、森の深い場所から村に向かって遭遇率が下がった事で、戦闘せずに村までたどり着く事が出来ていた。



――

――



 家に辿り着き、玄関を開けた俺を真っ先に妹が出迎えてくれた。


「お兄ちゃん、おかえりなさーい」


「ただいまユナ」


 そして、ユナの手をとり一緒に入っていく。


「父さん、母さん、ただいま」


「おかえり、ディオ」


「おかえり、どうだった、楽しかったか?」


「はい」


 アギト父さんは変わらず微笑みながら聞いて来たのは、流石狩人である。


 俺にとっても今回の狩りは、この世界で初めて森に入りモンスターと言ってもまだ、敵としての脅威がない一角うさぎと、死の感覚を齎したブラック・ラビットだったが、良い経験になった狩りだと思っている。


「母さんこれ」


 今日、狩った一角うさぎ五匹を渡していた。


「あら、五匹も狩ったのね、今日はごちそうじゃない」


 一角うさぎは狩ることが難しく、余り出回って無い。だけど一角うさぎの肉は美味しいと有名だったので、狩りを楽しむ目的の一つとして頑張っていた。


 それを早速カルア母さんが捌き、今日の晩御飯として、一角うさぎは晩御飯となってテーブルに出てきた。恐らく食べ慣れた母さんや父さんに加え、俺が記憶に無いのだからユナも初めてだろう一角うさぎの肉を家族で満足気に食べ尽くした。


 食事は賑やかに進み、食器を片付け。

 寝る前に少し設けられる話の時間は、娯楽が無いこの時代ならではの時間だ。


 ユナはもう部屋に戻り寝ているので、今は俺とアギト父さんにカルア母さんの三人、この時間はなかなか眠らない俺の為にあるような時間でもある、本当に優しい、家族だ。


「ディオ、明日もまた、森に行くのか?」


「はい、しばらくはなるべく森に通い狩りをしたいと思っています」


「それならそれでいい。頑張れ」


「はい。がんばります」


 アギト父さんは優しく、そう言ってくれた。


(きっと狩りが好きだから、気兼ねなく後押ししてくれているんだろう)


「でも、あまり無茶したらダメよ? ディオにはリアちゃんが居るんだから」


「ちょ、母さんっ」


 あれから何かと茶々を入れられる事が更に増えていたが、拒絶する程嫌では無いので、こちらも程よく流し、冗談として受け止めている状態だ。


「ディオがちゃんと責任取るって言ったんでしょ。リアちゃん魔法も少しづつ覚えてきてるから、教え終わった後は、ディオがちゃんと引っ張るのよ?だ・か・ら、危険に突っ込んで行って、死んだらダメですかね」


「はい、わかっています」


 リアを一人にはしない。


(リアはあれから文句も言わずにずっと魔法の練習をして、それなのに俺が死んだり、重傷を負って冒険者にも慣れなくなったては申し訳ない、だから裏切る結果にならないように気をつけるんだ)


「なら他に、母さんが言うことはありません、気おつけて狩りをしなさい」


「父さん、母さん、ありがとうございます」


「いいのよ」


 それから、他愛も無い雑談は日付が変わる前には終了し、俺は部屋に戻っていた。


 そしてまた不眠不休の魔法練習が始まり、日が昇ったら森に行き、また夜は魔法の練習の日々を、ひたすら繰り返すのだった。



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