第15話・スライム


思考の大半を何か埋め尽くされた夜を生き延び、睡眠不足などという不便な状態に陥る事もなく俺は朝を迎えていた。


「結局、何も出来なかった」


 腕を取られては魔法の練習すら出来ず、何もしない時間を耐え終えていた。


「なにぃか、いった?」


 人の気苦労などお構いなしに、上半身を起こし人差し指を目に当てたまま、背中を俺に向けたままリアが眠そうな声で話していた。


(これが健全な男子少年なら、間違いなく寝不足だからね?体調不良一直線だぞ。もう少し考えてもらいたいけど、物心ついた時から大人を気遣って生きてたら、同い年の子供なんかには素で接するよな…)


「いや、朝ご飯の仕度を手伝いに行くって話しだ」


「わたしもぉおてつだぅ」


 リアが起きた時点で布団から少し離れ、窓際に立っていた俺に向かって、変わらず眠そうなリアが振り向き、不意に開かれた口に手を当てながら喋っていた。


(欠伸が羨ましいってなんだろう。この、何とも言えない気持ちは…)


 


 リアが手伝ったことでいつもより早い時間に朝食を食べた我が一家は、アギト父さんは畑に行き、カルア母さんとユナは家での過ごすなか、俺とリアの二人は何故か、草原の中に伸びる浅く横に広い川に来ていた。


「ディオ!川だよ、川っ!」


 着くなり駆け出したリアは素足で川に入り、子供の脛半分程の水の中を歩き、上がりきったテンションのまま跳ねたり、足先で水を蹴っていた。


「見れば分かるよ」


 浅い水深に加え透き通る純水が川底を透かし、対岸までのゆったりと幅を利かせた川が午前の日差しを返す綺麗な景色は、北側の山に向かって何処までも伸びていた。


(綺麗だ、此処まで綺麗な水はそう観る機会は無いからな、それに色を残したリアの水色の髪が、って何考えてるんだ俺は、それにあのぷにゅっと跳ねる…跳ねる?!)


 川の中を小走りで動くリアを見ながら、同色だけど目立った髪を見ていた俺は、水の中を飛び跳ねる動く水を視界に収め、目を開き凝視していた。


「リア後ろになんか居るぞ!気をつけろッ」


 急いで後ろを振り向いたリアだったが、そのタイミングで飛び跳ねない水を捉えられず、慌てたまま首を左右に動かして探していた。


「取り敢えず、下がれっ」


 リアを飛び戻しながら足を振って靴を脱ぎ、川に足を踏み入れていた。


「ねぇ何処に、なにがいたの?全然見えないよ」


「アレだよ、アレっ」


 凝視しても殆ど分からない水の塊だが、視線を水平に移し考察すれば、流れる川の水に対して岩も無ければ突出した物も無い場所で、不自然に水が僅かに盛り上がってる箇所が目の前に在る。


「アレ?」


 指を指していた俺に重ねる様に、同じ位置をリアが指差すも、お互いに何故か半信半疑に近い状態で、躊躇っていた。


「あれって」


「「スライム?」」


 二人とも知識としては僅かに知っているものの、家の外に出始めたのが最近である点と練習に明け暮れた日々を考えれば、目視で見るのは勿論これが初めてだった。


(スライムが居るのが普通なのか、異常なのかは分からないが、普通だとして危険なら子供一人で外出を許す時点で間違いだ、そして異常だとしてもスライムだろ?ちょっとぐらい…)


「良し、狩ろう」


「えぇええええええっディオ!?」


「そんな驚く?」


「だって魔物だよ!?危ないよ」


(子供だからとか関係なく、リアが言ってる事の方が正しいが故に少々心苦しいが、精神年齢が大人だろうとも、異世界に来た身としては今が最高に熱い)


「大丈夫だって、離れてから攻撃すれば、何かあっても走って逃げればいいだろ?」


 いつの間にか俺の服を掴んでいたリアを連れてゆっくりと後退り、川に足が浸かるギリギリの場所で止まっていた。


「でも、何かあったらどうするのよ」


「大丈夫っ大丈夫、俺の魔法見てて」


 リアに何が大丈夫なのか話さずに手を前に出し、スライムに向け構えた手の平に、何百何千と繰り返し行った要領で魔力を流していた。


(毎日徹夜で鍛え上げたこの速度ッ)

「はッぁあッ」


 素早く現れた無透明の塊が、一秒程渦巻き丸みの滑らかさを向上させ、表面の乱れが僅かに収まったタイミングで、スライム目掛けて放たれていた。 


 無透明の手の平サイズの塊が勢いよく着水し、リアが蹴り上げた時以上の水飛沫が辺一面に飛び散り、離れていた俺とリアにまで水が降り注いでいた。


「わぁあああっ」

「ぐわぁっ」


 咄嗟に手で顔を守るも、液体を防げるはずも無く頭から濡れていた。


「倒したか!?」


「もぉおおッ濡れちゃったじゃないッ!」


 川を駆け水で多少濡れていた筈のリアが頬を膨らませる中、無透明の塊が着弾した地点に俺は視線を向けていた。


 水底の土や石が吹き飛び凹んでいる訳でもなく、一度水が大きく飛び散った場で、視認性の悪いスライムは見つけきれなかった。


「えいッ」

「うわぁあッ」


 バチャンッという手の平が水面と綺麗に平行でぶつかり、二つの水飛沫を上げながら俺は倒れていた。


「なにすんだ!」


 背中を押され倒れた俺は片手で水面を掻き、斜めに水を飛び散らせながら後ろに振り向いていた。


 だが振り向いたのが良くなかった…


 元から濡れていたワンピースは、振り向きながら行った俺の攻撃によって完全に濡れ、身体の至る所で肌にへばり付き、白い布は色を失いその奥の肌がハッキリと観えていた。


「もぉお、ビチョビチョじゃんッ!」


 振り向いた俺目掛けてリアの右足が振り上げられ、打撃と化した水によって、振り向いた姿勢を強制的に元に戻されていた。


「えぇいっ!」


 怯んだ俺に間髪入れずの追い打ちが行われ、生易しくない量の水が背後から打ち付けられ、挙げ句に子供一人分の体重が飛びかかっていた。


「ゔぅっ…ぉ"も」

 

 うつ伏せの状態で背中に飛びつかれ、浅いとはいえ水に沈み込む顔を必死に上げ、無邪気な子供に殺されかけていた。


「ねぇ、なにか言った?」


 苦しんだ悲鳴を勘違いしたのか、厳しい問が投げ掛けられるが、今の俺にそんな冗談を言える余裕はない、文字通り死にかけているのだから…


「いやぁっ、何もぉ…はやっ、く。どぃ、てっ」


 首を必死に仰け反らしながら言葉を発し、先程観てしまったものの代償にしては余りにも重い何かを受け、永眠だけは避けてくれと俺は願っていた。


 



 

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