第7話・再会

 

 眠れない夜が明け、朝ご飯を食べ終えた俺に告げられたのは、


「ディオ!五歳になったのなら。今日からは外に、遊びに行ってきなさいッ!!」


 唐突過ぎる、引き籠もり禁止令だった。


(嘘、どうしてお母様、どうして僕を、家から追い出すんの…)


 首根っこを掴まれ持たれた俺は、家の中に入った野良猫の如く。玄関の前にそっと置かれ、目が合ったまま扉を閉めれていた。


「ぁぁっ、ぅそだぁ。そぉんなぁ…」


 やはり異世界は普通じゃない。


 五歳までは家から出す事は無く、記憶を探っても外に出た明確な記憶は、昨日の一回が主な程だ。


 それなのに、固有能力とスキルを手に入れたら外に出すってのは、余りにも理不尽でそれは。引率の先生も、経験も無いままに初手から幼稚園に一人で行って来いとか、そんな話しだぞ。


「行ってきます」 


 流石にまだ居るであろう、扉の向こうの母親に一声向け。外で遊ぶ事を強要されたのならばと、昨日歩いている時に気になっていた、丘の中心に聳え立つ大きな杉の木を目指し、歩いていた。


 歩き家の敷地内から出る時に、後ろから僅かな扉の開く音が聞こえていたが、外を自由に歩き回る許可を得たと、前向きに捉えた俺が振り向く事は無かった。


(有り難うございます。母様!俺は、外の世界を旅して…)


「って、思ってたけど。日向ぼっこって、気持ち良いなぁ~」


 目的通り杉の木に辿り着いた俺は、その巨大な杉の木を中心に丘に広がる草原に足を向け、葉の隙間から程よい日向が差し込む場所で仰向けに寝転がり、草原を波打って動かす風を、その身に浴びていた。


「まじ快適だぁ。このまま寝れそう」


「ねぇっ、何してるのディオ」


 目を瞑っていた俺は、その可愛らしい女の子特有の声色で名前を呼ばれ、鼓動が跳ね上がると同時に目を見開いていた。


「ッ!……」


 目の前には真っ白なワンピースに、透き通る水色の髪を靡かせたリアが、腰を折って覗き込んだリアの顔が、目を開いた真上の位置に観えていた。


「ひっ、日向ぼっこ、だよ」


 子供の背丈で腰を曲げたとしても、顔を覗き込んでいる時点でかなり近く。揺らめくスカートに目が、反射しかけた所で咄嗟に目を再び瞑っていた。


(勘弁してくれ、俺にそんな免疫は無いんだよっ)


「リアはどうして外に居るんだ?」


「外に出ていいって言われて、散歩してたの」


 この村では恐らく固有能力を授かならないと、敷地から出てはいけない決まりがあるだろうが。だからって、その翌日になって自分から外に出たがるとは、何という心だ。


 無理やり追い出された、引き籠もり志望の俺の心とでは、天と地ではないか。クっ、何故だ。何故かリアがとても眩しい、これが聖なる光、引きこもりを滅する光か。


「何してるの?、手で顔を隠して、」


「ハっ!いや、なんでもない、ちょっとね」


 つい顔を手で覆っていた、何という眩しさだ。


 恐るべし…


「ディオ、聞いていい?」


「なんだい?」


「その手でぐるぐるしてるのは、魔法?」


 俺が練習も兼ねて、手の平に出していた無透明の塊を見られ、どうもリアには不思議に観えたらしく。リアが目を開き、まじまじと見つめていた。


「うん。魔力の塊」


 そして俺も手を少しだけ持ち上げ、リアに近づけ見せていた。


「すごぃ」


 驚いてくれているが、リアは俺よりも先に、魔法を教えて貰ってるんじゃ、単純に感想を言っただけか?


「私も使えるようになりたいっ!」


「カルア母さんに教わってるんじゃ、ないの?」


「うん、教わってるけど、全然私には使わせてくれないの。いつも見せてもらったり、魔法が何って話しだけで」


 あぁ、なるほど。まだ実践前でしたか。って事は俺が見せてしまったのは間違いで、余計な事しちゃったやつなんじゃ。


「私も使いたいっ!」


 急に両手で肩を掴まれ、俺の身体を揺さぶりながら、リアが声を上げるが、


「そんな事言われても」


「なんで、私にも教えてよぉぉ」


 リアの瞳が段々と潤い始め、今にも涙が零れ落ちそうだった。


「ちょっと、まって泣かないで」


「だって、教えてくれないって」


「教えないんじゃない。教えられないんだよ、俺に教えてくれたのは俺の母さんで、昨日使えるように成った俺が、リアに教えるなんて無理だよ」


「なら、ディオがお母さんに頼んで。私にも教えるように、お願いして!」


「なんで、俺が」


「ダメなの?」


 また、泣きそうな顔でこちらを見てくる。


「わ、わかったから、泣かないで、」


「ほんと、に!?」


 全く、どこの世界でも。可愛い子が泣きながらお願いするのは、例え精神年齢が青年であっても、効果は抜群だと言うことが分かった。


(反則ではないか…)


「でも今日は無理だぞ」


「わかった。ごめんね無理言って」


 無理言ってる自覚はあったのか。全く良い性格してやがる。


「なら、今日は何するの?」


「俺は日向ぼっこしてるんだ。そのままこうしてる」


「そんなに?なら、私もする」


 リアが急に座り始め、草が掠れる音が寝転がった事を知らせ、葉の影の下で一緒に昼寝をしている状況に陥っていたが。間近で寝転がったリアの肩が触れ合いそうな距離で、俺は日向ぼっこどころでは無かった。


 風が吹けばリアの匂いが運ばれ、目を瞑って視覚以外の五感が冴えている状態では、心が落ち着く筈も無く。


 時間だけが流れる様に過ぎていった。




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