第5話・魔法を知る


 そして、やはりというか。

 一晩中眠ろうと頑張ってはみたものの、一睡も出来ないどころか、眠たいと思う事もないままに朝を迎えていたのだった。


「おはようございます。母様、父様。ユナおはよう」


「おにぃさま、おはよぅ」


「おはよう、昨日は眠れた?」


「はい、いつも通りぐっすりです」


「それは良かったわ」


「あぁ、俺もカルアもどうなる事かと、逆にこっちが寝不足になるとこだったよ」


「もぉおっ、言っても仕方無いことを言わないで下さい。さぁディオ朝ご飯の準備手伝って」


「はい、母様」


 言われた通り朝ご飯の仕度を手伝い。いつもと変わらない朝食を家族で食べていたが、何処か心配されてるような視線を向けられていた。


 精神年齢的には子供では無い。


 だからと言ってこの身体に慣れている訳ではないが、嘘を嘘で貫き通す程度の演技力は持っていたつもりだったが、やはり親が相手では通用しなかったのかもしれない。


「ディオ、昨日言ったように母さんが魔法を教えて上げる。冒険者に成りたいのなら、覚えて損する事はまず無いからね」


「ほんとうですかッ!?」


 いつとは思って居たものの、唐突に言われてしまい。条件反射でつい喜び目を見開きながら、椅子を飛ばす勢いで立ち上がっていた。


 この世界の魔法をようやく知れる。

 そしてこれ程までに嬉しい気持ちを、俺は知らなかった。


「なら早速、庭に行きましょうか」


 我が家の周囲は広大な小麦畑が広がっており、小さな村の外れに位置している為、一、村人の一軒家であろうと走り回ったり、何かをするには十分過ぎる広さを有していた。

  

(そして、この世界での魔法の勉強が始まった)


「ディオ、魔法はね。使い方を間違えれば貴方だって無傷では済まないの。死ぬ事だってあるわ」


 五歳時を脅すには十分過ぎる死という言葉を、濁す事無くカルア母さんが言い放った事で、俺も真正面からその言葉を聞き入れていた。


「でもね、使いこなせたらとっても便利なの。だから使い方を間違えず、安全に行きましょうね」


「はい」


「まずは魔力を感じるところからね。この世界の全ての人間は魔法を使う事が出来る素質は持っているの、でも大勢の人は、その力を引き出せず一生を終えるわ。ディオも魔法が使え無くても、毎日を過ごしてるでしょ?」


「はい。有ったら便利だなとは、感じていますが。使えない今でも母様や父様、ユナと楽しく暮らせています」


「そうなの。だから使い方が分から無くても、無理に得ようとする人は少数なの。だけど冒険者を目指すのなら話は別よ、魔法は必須と言って良い程に重要なの」


「火を起こしたり、水を作る為にですか?」


「あらっ、知ってたの…あの人が教えたのね。せっかく私が教えようと」


 ちょっぴり声色から明るさが薄れ、驚いた口調で独り言のように話していたが。父さんから教わった訳じゃ無いので、弁解したいが、それはそれで何処で知ったのか、説明する点で嘘をつくのは避けたかった俺は、訂正する事を諦めた。


(ごめんなさい。アギト父さん)


「知ってるのなら始めちゃいましょうか。私が魔力をディオに流すからそれを感じ取ってね。大丈夫よっ、私が沢山流さなければ爆発したり、倒れたり、死んだりしないから、母さんを信じてね」


(待て待て待て待てッ!その言葉は余計だからッ!怖く無かったのに、めっちゃ怖い状況に追い込まれたよ!?これ普通の五歳時だったら泣いて諦め………そうか。此処で怖じ気付いても構わないって、ことか…)


「どうしたの、やっぱり止める?」


「いえ、母様、僕に魔法を教えて下さい、お願いしますっ」


「そんな張り切らなくても、大丈夫よ」


 改に意を決した俺とは反対に、和やかな雰囲気に変わった母さんが、ゆっくりと背中に手を当て、涼しい外の気温とは違った、手の温もりが背中から感じていた。


 何が魔力なのか直ぐに分かる筈も無く。数秒、数十秒と経ってようやく感じ始めたのは、背中から感じていた温かさが広がるのでは無く、血管から内部に入り込んで来る様な感覚だった。


 しかもその違和感を知ってしまえば、その流れ込んで来る物が、波打つように増えたり減ったりを繰り返し、捉えやすく送り込まれていた。


「有り難うございます母様」


「――――――」


 意識は内に向けたまま礼を言い、そのまま深く集中していた俺は、身体の中を流れるその魔力を、まるで新たな血液が血管の周りを流れているように感じ、流れている魔力も、意識して無かった血すらも明確に区別して、感じ取っていた。


「もう、大丈夫みたいね」


「母様、いまのが」


「えぇ今のが、魔力と言われるものよ。そのまま手を前に出して、手の平から魔力を集めて、水の塊を出すみたいにイメージしてみて」


「はいっ」


 感覚を見失わない前に、身体中の魔力を感じ。

 意図的に流れる道を変え、誘導して、集めて、強く流して…水の塊のみたいに丸っとしたイメージでッ!


「うぁっ」

 

 目を瞑ったまま内部に意識を向けていたが、前に伸ばした右腕から血の気が引く様に、魔力が出て行ったのを感じて目を見開くと。右手の前には無透明の水のような液体が、手まりサイズの不安定で丸い物が浮かんでいた。


「嘘でしょッ、ディオそれを木に向かって放つイメージで飛ばしなさいッ!」


 驚いて声を出したと思った母さんは、一瞬にして焦り始め、声を荒げたと言える声色と口調で言葉を発していた。


「はい!」

 

 現状の危うさを理解出来ない精神年齢をしていない俺は、咄嗟に肘を少し曲げ。その無透明の塊が連動して動いた事を確認し、肘を勢い良く伸ばした時の反動で押し出すと同時に、身体から余分に魔力を噴射するイメージで腕と身体を動かしていた。


 見事に手から放たれたその塊は、庭に植え付けられた木に向かって真っ直ぐに飛んで行き、鈍い音とともに衝突していた。


 当たった箇所には僅かな凹みが出来ていたが、直径三十センチ程の太い木からすれば倒れる程の衝撃でも無く。木の枝に振動が伝わり、葉が数枚舞い落ちる程度だった。


「母様、今のが魔法なのでしょうか?」


「ぇ…あっ、今のは―」


 その威力と現象を眺めていた意識が戻り、後ろを振り向きながら母さんに質問をするも、俺よりも何かに驚いていた母さんは、一旦言葉を途切ってから、再び話し出していた。


「今のはその人に合わせた魔力の塊よ。ディオの塊は無透明だったでしょ?あれはね無属性魔法が適正って証拠なの。だから私がやるとあの塊は、白くて少し青がまざった氷属性の色になるわ。もちろん火属性の人が今みたいに塊を作ったらそれは、ちゃんと熱を持ってて暑いし、触れれば火傷したり燃えたりもするのよ。


 それでディオのはまだ、何も定義が決まってない属性魔力の塊だけど、魔法とも言うわ。イメージ力と魔力操作だけで今のでも色んな事が出来るの。


 魔法わね。詠唱が決まっててその通りにやれば、誰でも同じ効果を得られる魔法と、自分だけの魔法をゼロから編み出して使う人が居るけど、大抵の人は前者で誰かが作った魔法を詠唱して、それを……」


 母さんが言葉を止めた時には、既に俺は身体から力が抜け、脱力したまま地面に倒れていた。


「ディオ大丈夫、じゃないわよね。流石に今日は、この辺にして休みましょうか」


「はいぃ、ごめんなさぃ。母さまぁ」


「良いいのよ。最初は魔力切れは当たり前よ、慣れて回数をこなせば魔力量も増えていくから、そこは練習あるのみよ」


「ありがとぅ、ございますぅ。僕、もっとぉ。頑張りぃます」


 既に長距離を走ったように息を荒げ、その呼吸と脈拍は落ち着くどころか、段々と早さを増しながら、意識が朦朧としていくのを、抗うように耐えていた。 


(これは、大丈夫なのだろうか)





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