第17話 踏切
その日、ネコ、カズヨと僕達は横須賀駅で待ち合わせをしていた。
横須賀駅は日本でただひとつ階段のない駅で、改札口から上りも下りもすべて見渡せる。電車が遅れ、僕らが下り電車から降りると、ネコはカズヨと改札口にいた。美宇は嬉しそうに彼女達に向かって走り出した。
僕が美宇の後ろからゆっくり歩いていると…、ネコが何かに気を取られ、臨海公園のほうを見た瞬間、走り出した。
一瞬にして僕の全身の血がすべて沸騰し頭の中が真っ白になってしまった。
どれくらい経過しただろう。
自分の止まってしまった時間に気が付くと。ネコはすでにその場にいなかった。カズヨが横須賀駅の構外をみながら「きお!」と叫んでいる。
ネコは駅横の逸見方面に向かう遮断機の下りた踏切のところで、男に追い詰められていた。小さくなって身を縮めていた彼女は猫がパニックを起こした時のように、ギャーと叫んでいる。
横須賀駅の発車ベルが止まった。
僕は、全身のすべての力をふりしぼり後を追う。
下り電車がゆっくりと動き出し速度を上げている。どこからから「電車を止めて!」と叫び声がした。
僕はそれらを横目に見ながら、届かないとはわかっていたが男に向かってカバンを放り投げ、ネコに向かって走りだした。
「危ない!」「やめろ」といくつもの声があちこちから湧き上がっていた。
下り電車が通過しようとする中、ネコは遮断機や踏切の信号塔に強くぶつかって倒れた。
起き上がると臨海公園のある方へ一心に足を引きずりながら走り出した。
「きお!あぶない、車!」との声に後ろを振り返るとネコと一緒にいたカズヨが美宇を連れて追いかけて来る。
僕も方向を変えて後を追いかけた。駅前の整備されたロータリーの交通量は多くないが、タクシー、バス、送迎の車がスピードを落とさずに入って来る。
逃げる時に車のことなどわからない。ただ、ひたすら恐怖に支配されたからだが動いているだけだ。
電車の通過中に遮断機にネコがぶつかる騒ぎに気が付き、駅員が出て来た。男はどこかに姿を消した。僕がそのことに気を取られた瞬間にネコを見失った。
僕が慌てて、キョロキョロしているとカズヨが「ユウダイ!ユウダイ!」と叫び臨海公園の方を指さしている。
僕はその方向に向かった。しばらく探していると、臨海公園の海付近の大きな樫の陰で、あちこちでぶつかったのだろう顔や体にあざや切り傷をつくってうずくまっているネコを見つけた。走りよるとまた、人の気配にネコは反対方向に逃げようとする。
「ネコ・ネコ」と声をかけると、緊張してうずくまった。「僕だよ」とさらに声をかけると顔を上げた。
僕はゆっくりネコが隠れている大きな樫の前に座り込んで、両手を広げ「ネコ」と呼び掛けると、その声に反応し「ウテヤ」と叫び、僕の腕の中に飛び込み、しがみついた。
後から追ってきたカズヨが「タクシーを呼んである。怪我をしている?」と叫んだ。僕は慌ててネコのからだをみた。どうやら大きな怪我はなかった。病院へ行くのを嫌がったネコを急ぎ、家へ連れ帰った。
驚いたことに、ネコを追いかけたその男は、彼女と玄馬さんの家の中間にあるうちの人だった。初めてあった時にカズヨと一緒にいて、カズヨが未来の彼氏と呼んでいた人だ。
その日から、その男は、横須賀駅や直線の階段の道で僕や美宇を発見すると「アクセントがおかしい、日本人じゃないな」と怒鳴り散らし、非道な言葉と暴力を振るいながら追いかけ嫌がらせを受けるようになった。
僕はネコがいないと近道をしていたが、美宇がいる時は彼女と同じように遠回りをするようになった。
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