第16話 帰りの電車

 横須賀から鎌倉に帰る、上りの横須賀線の電車の中は、通勤と逆なので、混んでいないが、美宇のネコ話はやたらと恥しい。


 ブラジャーのサイズを調べてからは、毎回、A、B、Cと数えて指を折っては、嬉しそうである。電車の中ではDから先は声に出さない約束だ。ネコのブラジャーのサイズを知っている事は、二人の秘密になっているが、小学一年生の美宇はその秘密が嬉しくてしょうがないみたいだ。


 帰りの電車の中では、必ず一回はネコのおっぱいの話と髪の毛の話になる。今日もネコは怒っていた。いや、怒っていたというよりは口角は上がっていたが目だけが異様に怒りに満ちていた。


 美宇がネコに会うたびに、逸見のお祭りで買った下敷きをネコの頭上に掲げるのである。最初はキャーキャーと、笑っていた本人も毎日のようだと、やはり…。


 ネコの髪の毛は細くストレートだ。僕らの髪の毛と比べても半分以下の細さである。本当かどうかは知らないが咲枝ママが数えたら人並にあったと言うが…。細さのせいもあって、常にフアフアとしている。触るとサラサラして気持ちがいい。しかしすぐに絡まって毛玉になる為に三つ編みにしている。


 その三つ編みも、二つに分けると強風でもないのに簡単に海風にそよぎ、戯れるのである。僕が横須賀駅のホームに入って来た電車のドアが開いた瞬間。初めてネコを見た時と同じようにその印象は、常に僕の側から離れなかった。


 その細い髪は、ささやかな静電気でも反応し、僕らのように下敷きを脇でこすってわざわざ静電気を起こさなくても、カバンの中から出して、ネコの頭の上に掲げるだけで、細い髪は引き寄せられ、真っすぐになったり柔らかく跳ねたりしてダンスを踊った。美宇はそれが珍しく、嬉しくてしかたがないらしい。


 最近では、イチゴ柄の下敷きが良かったと泣いていた事をすっかり忘れ、ピンクの下敷きが一番のお気に入りで、忘れずにランドセルの中に入れるようになった。


 ネコは小さな美宇のすることに一度も声を荒げた事がないが、これだけは…。ただでさえ絡まりやすく毛玉のできやすい髪は普通の髪を結ぶ黒ゴムもピンも落ちてしまう。


 そのために静電気が起これば、せっかくまとめていても、三つ編みから髪は出て来て、バラバラに崩壊しボサボサ頭になるのだ。


 今日も美宇の下敷き攻撃に、ネコはまったく動かずにいた。おかげでバラバラ、ボサボサ頭になったネコの髪の毛を僕はチクチクと刺されながら、毛玉を崩し三つ編を結び直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る