第14話 大人の話

 咲枝ママの沈んだ声が重たい。


「恨むというのは、自分の意志や思い、欲を相手が受け取ってくれなかった時に起こる場合が多いでしょ。愛しい子供を傷つけられた相手に対する怒りはありました。でもそれは私の怒りで、あの子自体は恨むとか怒りとか、そういう次元にいなくって、男性や大人に対する不信感や恐怖に支配されているのだと思うの。早く普通の生活が送れるようになればいいなと、少なくても大人への不信感は拭ってやりたい。と思っています」


 僕は深刻そうな大人たちの話の邪魔にならないように、母屋のキッチンテーブルに乗せられていた僕たち用の食事をそっと持って行こうとすると、すでに浴衣を脱いでいた美宇がキッチンのテーブルの下から僕を見上げた。


「お前、何をしているの?」

「うん…」とつまらなそうな顔をした。たぶん大人の話に飽きたのだろう。


「大人は難しい話をしているな、向こうでネコとご飯を食べよう」というと嬉しそうな顔をして、僕の後ろにピッタリくっついた。


 僕らはネコの元へ行った。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。気がつくと両親が二人でそっと僕らを覗いていた。


 日ごろ暗いイメージの美宇が声をたてて笑い、ネコとじゃれあっている。その様子を嬉しそうに見ていた。帰る時間になって、階段を使わず舗装された道路を通って帰るように、ネコがそれはしつこく勧めた。


 ネコの住んでいる場所は山の中腹にある。行く道は二通りあり、途中に玄馬さんの住まいがある直線の階段の道と按針塚に向かって階段を一度上ってから、舗装された坂道に出る方法がある。


 今日、僕らが二人で登ってくるときは、十分ほど遠回りになるがネコは舗装された坂道を選んだ。前回、帰り道は直線の階段を使った。


 僕の両親に一応伝えたが、父は自分で調べて直線の階段の道を選んだ。まあ、当然だと思う多少きつくても、十分も遠回りを普通はしない。エリ姉さんは、玄馬の家の前を通るせいか、キョロキョロしながら歩いていた。


 坂を下りながら父と母がネコの事を話しだした。医師が僕とスキンシップが取れるネコを不思議がっている事。やはり通学は無理だから自宅学習を進められた事などを聞いた。


 職員室で待つ美宇の事情を聴いた咲枝ママが、

「きおが美宇ちゃん達と仲がいいので、ウテ君の部活が終わるまで、美宇ちゃんをこの家で預かってもいいですよ。ウテ君たちに、きおが助けてもらっているので出来る事をさせて欲しい」と僕の授業や部活が終わるまで、美宇をネコの家で預かるようになったらしい。


 咲枝ママがいうには、もともと、日本人は面倒見がいいそうだ。士農工商と階級を決めても、義を重んじ、孤児も村や集落単位で育て、人の家の子も、悪い事をすれば叱るし、苦しければ、食べ物を分けあうような、助けあいの精神があるという。


 僕としては美宇との二人の通学がしんどくなっていたので、渡りに船の話だった。


 叔父さんは、日本人が嫌いだが、日本人の中にも違う人がいるようだ。

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