第12話 浴衣
美宇は慌てて、僕の手を振りほどいてイチゴの下敷きを放り出すとネコの側に駆け寄った。玄馬さんは小さい声で僕の耳元で「幼い子はひとつずつしか理解出来ないからね。お兄ちゃんは苦労するね」と言ってくれた。
その言葉にさっきまでのイラついた気持ちが体から滑り落ちて流れていった。美宇は僕の背中にいるネコのエプロンドレスのポケットから財布を取り出すとお店に駆け込んだ。
美宇に声をかける暇もなくその下敷きの束から薄いピンク色の下敷きを持ってお店の中に入って行った。
その様子を僕達が茫然と眺めていると、嬉しそうに戻って来た美宇は、財布をネコのポケットにしまうと僕に紙袋を見せた「ネコちゃんの好きな桜色の下敷きを美宇にプレゼントしてくれた」と大きく満面の笑みだ。
背中でネコが頷いているのがわかる。その様子を見ていた、玄馬さんとエリ姉さんはホッとしたように「一度、帰るか?」と聞いた。
僕は丁度、しがみ疲れていた。エリ姉さんと玄馬さん、美宇はそのまま、山車を見て露店を回る事になったが、僕とネコは一度家に戻る事になった。
僕の背中にしがみついた形のままのネコとゆっくり歩き出した。そっと胸の前にあるネコの手を触るとビックッとして緊張が走る。それでも僕がその手を離さずにいると、少しずつネコの緊張が溶けて行くのがわかった。
暫くすると、ネコは静かに手を動かし僕の掌の中に自分の手をうずめた。その手を驚かさないように僕はそっと力をいれずに包み込んだ。ネコの家に到着する頃には、ネコは落ち着きを取り戻していた。
美宇はエリ姉さん達と、後から母屋に帰って来た。
いつもは大人しい美宇が今日はテンションが高い。エリ姉さんに浴衣を欲しがってごねている美宇の声を僕らは、ネコの部屋がある離れで聞いていた。
「浴衣が着たいの?」
「ああ、らしいな。美宇はめずらしくわがままだ」僕は知らん顔をしてエリ姉さんに美宇を託した事にホッとしていた。
『なんか今日は面倒だ』
ネコは離れのリビングのソファーの上で、ゴロゴロしながら母屋の様子をうかがっている。そのうちに、咲枝ママが美宇を連れて離れにやって来て、離れの玄関わきの部屋の押入れからなにやら取り出してきた。
美宇は咲枝ママのそばを離れず「なに?なに?」とはしゃいでいる。
「美宇ちゃん、この浴衣を着てみる?」と、たとう紙を開けると真新しいイチゴ柄の浴衣が出て来た。
とたんにネコは飛び出すように書斎の本棚の脇の隙間に隠れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます