第11話 イチゴ柄
三人で、歩くうちに商店街の文房具店の店先で下敷きを売っていた。
最近、何度いっても美宇が下敷きを忘れる。そのたびに下敷きがないと僕の教室に来る美宇だ。それなのに、店頭の下敷きに目が留まり、美宇がその前で動かなくなった。
「おい、美宇」
「これが欲しい」とイチゴ柄の下敷きを取り出した。
その時、僕の背中に体を寄せていたネコに緊張が走った。僕は驚いて周囲を見渡した。なにが起こったのか解らないが、僕の肩に置いた手にどんどんと力が入って行く。
「どうしたの?」僕が声をかけながら、ネコの顔を見るとすでに目の焦点が合っていない。美宇はそんな様子のネコに気が付かずに「これが欲しい」と僕の目の前にイチゴ柄の下敷きを差し出した。
ネコは小さくなって僕の背中にしがみつくように、顔をうずめた。
「美宇、ネコが調子悪いみたいだ。帰ろう」と言っても聞く耳を持たずに「これが欲しい」と泣き出した。
「おい」と僕が声を荒げると美宇はもっと大泣きする。
僕は困り果てた。二人共、調子がよくご機嫌ならいいのだが、両方ともこれだとお手上げだ。僕の困惑は、僕をイライラさせ、泣きながら下敷きを離さない美宇の手首を強く握らせた。美宇が痛いと声を上げた。お店の前の道端で背中にネコ。下敷きをもって大泣きしている美宇。僕が泣きたくなって来た。
その時、ネコが「美宇ちゃん、私の小遣いで下敷き買ってあげるから、私の好きな桜色の下敷きにしない?」と僕の背中から身をよじり、エプロンドレスのポケットを差し出しながら小さく声をかけた。美宇は泣きながらもネコのポケットのふくらみを覗き込んだ。
僕はネコのその声に驚いた。パニックになっている時に声をだせるのか?「ネコ?」と思わず声が出た。しかしネコは僕の背中で緊張したままだ。
その時、後から追いかけてきた、エリ姉さんと玄馬さんがその小さな騒動に気がついて、少し離れたところから走り寄って来た。
「おやおや、これはウテ君が大変だ」と玄馬さんは僕を責めずに笑っている。
「美宇ちゃん、僕の事を覚えている?」
美宇は泣きながら玄馬を見て、それから少し考えると頷いた。
「賢い子だね。少ししか会っていないのに覚えているの?」
美宇はまた頷いた。玄馬さんと今起こっていること以外の会話をしたことで、美宇の気がそがれ硬くなった心がほぐれたようだ。
「どうして泣いているの?お兄ちゃんにお話が出来る?」美宇は頷き、イチゴの下敷きを振り動かしながら「欲しい」と言った。
エリ姉さんは、黙って僕の背中にしがみついているネコをみた。二人は僕に事情を聴かずに、玄馬さんがエリ姉さんの顔をみてから、美宇の正面からやさしく「きおちゃんが調子悪いみたいだね」と美宇に言った。美宇は初めて、僕の背中にしがみついているネコを見た。
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