第9話 玄馬とエリ
しばらくすると男の人が「きおちゃん、大丈夫か?」と叫びながら息を弾ませて駆けあがって来た。その人は僕らを見て驚いたように少し戸惑いの表情を見せている。
「こんにちは」とエリ姉さんが挨拶をすると、階段を駆け上がって来た勢いが嘘のように、急におどおどしながらお辞儀をした。するとエリ姉さんが
「あれ?玄馬君。となりのクラスだった玄馬君じゃないの?」
男の人は、ぎこちなく頷いた。
「どうして、ここに?」とエリ姉さんが尋ねると
「あー。俺の家、きおちゃんの家の近くでさ、父さんから連絡をもらってさ、ああ、やっぱり怪我をしたのだね」
玄馬さんが話しながら、きおの頭の包帯に手を伸ばすと、きおは玄馬さんと目線を合わせようとせず、僕の腕の中に隠れるように避けた。その様子に、エリ姉さんが疑うように目でとがめた。
すると玄馬さんは慌てた様子で
「本当、本当、僕の父さん小介先生だから」
「あっ、そういえば苗字が月田だったね。小介先生と同じ苗字だ」
「そうだよ。覚えていてくれて助かった~。昔は、きおちゃんと仲良しだったのに、最近は嫌われているから」とホッとしながらも、悲しそうに笑った。
エリ姉さんはそんな玄馬さんをジッと見つめ
「それにしても背が縮まった?」
「いや、百七十センチで高校一年から変わらないよ」
「私が伸びたのかしら」と玄馬さんと急に親しく話し始めた。
「あ、でもどうしたの?」やっと僕らがここにいる事に疑問を持ったようだ。
「きおちゃんを送りに来たの」
「父さんが言っていた、付き添いの人って?」エリ姉さんがニッコリ笑った。
「そうか、そうか」と玄馬さんは頷きながら、嬉しそうだ。そして
「昔、話をしていた韓国から来た従弟さん達?」
やっと気が付いたように僕らを見た。僕は軽く頭を下げた。
「それにしても、小さい頃から知り合いの俺より、仲良しだね」
玄馬さんは僕にぴったりくっついている、きおを見ながら居心地が悪そうに言った。
その時
「玄馬おしゃべりをしていないで、荷物をもってやらんかい」
突然、脇の家から声がした。その方を振り向くと玄関を開けて小柄な老婆が笑いながらこっちを見ている。
玄馬さんは、しまったという顔で、声がした家の方に向かって
「ああ、そうだね」と返事をしてエリ姉さんの荷物を持った。
「この辺は、昔から住んでいる人ばかり、仲がいいご近所さんだよ」と僕らの方を見て目配せした。
斜面を這う階段と壁に沿って沢山の家が並んでいる。きおの家に着くまで、その家々から、玄馬さんとエリ姉さんを冷やかすように、色々な人が声をかけてきた。そのたびに、玄馬さんは返事をしながら、恥ずかしそうに歩いていた。僕らは笑いをこらえるのが大変だった。
家の前で咲枝ママが待っていた。後からタクシーで追いかけてきたのだ。きおとは家の前で別れ、そのまま階段を下ると咲枝ママが乗って来たタクシーが待っていた。僕らは、そのタクシーで鎌倉佐助稲荷の自宅まで帰った。
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