第6話 一日だけ、おない年

「妹のほうに向かっていたような気がするけど、僕にぶつかった」

 僕は考えながら答えていた。

「妹さんの方へ?」

 医師は走らせていたペンを止めた。


「よく覚えていないけど、いつの間にか、目の前にいて、改札口の前から臨海公園の出入り口まで転がった」

「抱きついたまま、転がったの?それは大変だ。どこか痛むところはある?」と言いながら医師は僕を眺め診察を始めた。


「これは、あざだらけだ。大きな擦り傷もあるし、しばらく痛むな。痛み止めを出しておくね。受け身とかはやっている?」

「いえ、やっていません。部活は剣道部だから…」


「転び方が上手だね。小さいけれどしっかりしたいい体格だな。これから大きくなるかもね。レントゲン検査では骨折はしていないし、特に大きな外傷はないから大丈夫かな」 

 ひとりごとのようにつぶやきながら、カルテを書き終えると医師はニッコリ笑い


「あらためまして、僕はきおちゃんの先生で、みんなは小介先生と呼んでいるからよろしく。ご両親が来たらきおちゃんの事を話すから少し待合室で待っていてね」僕は頷いて診察室を出た。


 待合室では頭と腕、手に包帯を巻いたきおが美宇と話していた。


 仕事をしている両親の代わりに来たエリ姉さんと、きおの母さんらしき人が、僕と入れ替わりに呼ばれて診察室に入っていった。


「咲枝ママ、いってらっしゃい~」と手を振っている美宇のとなりに座った。

「咲枝ママって誰だよ」と美宇に聞くと

「きおちゃんのお母さん」と楽しそうに答え「ね~」と、きおに、相槌を催促した。美宇はすっかりきおと、仲良しになっていた。二人でウフフ、アハハとコソコソ話をして居心地が悪い。


 そんな僕を、横目で見ていたきおが、美宇を挟んで僕の方を覗き込みながら

「明日の五月十二日は、お兄ちゃんの誕生日なの?」と嬉しそうに聞いた。

 知らん顔をしていると

「今日、五月十一日が私の誕生日だから、今日一日だけ、おない年だ!」きおが言った。


「ね」と美宇が得意そうにしている。

「私、すごく嬉しい」と、きおが笑った。

「おない年?」僕が聞くと

「そう、ウテ君は今日まで十六歳でしょ、私は今日から十六歳!」


 ウテ君?十六歳…? 僕は今日まで十四歳だけど…。へんな奴。


 馴れ馴れしく、わけのわからないきおに僕は少し引いた。


 何よりヘンテコな発音の韓国名を呼ばれたことに戸惑うと同時に、さっきの小介先生の話しでは、中学一年生だと言っていたよな…。それに重たい病気らしいけど…。なんだよ…。元気じゃないか…と不満に思った。


「お兄ちゃん、紹介しておいたよ」美宇が僕の顔を覗き込む。

「美宇!」余計なことばかりする妹だ。だが、きおの包帯を見ると僕の気持ちが落ち着かない。

「大丈夫なの?」おずおずと聞くと、

「うん、勝手に体に力が入るから、うまく受け身が出来なくていつも大けがになる」


「頭は血いっぱい出る?」美宇が聞くとおどけながら

「うーん、いっぱい!いつも血だらけ~」と答え、

 そして


「助けてくれてありがとう」とオレンジ色の瞳で僕を見た。ドキッとした。慌てて話題を変えたいのだが何も浮かばない。必死に考えていると小介先生の質問が頭をよぎり、起こった出来事を思い出しながら

「ひょっとして妹にぶつかりそうだったから、方向を変えたの?君は美宇がいたから僕にぶつかったの?」


「うん」きおは、なにもなかったように、軽く返事をした。

「方向を変えたらそこに僕がいたんだ」

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