第7話 ちくはぐな日本人

「ぶつかったら離れないの?」

 きおは平然と僕に聞いた。

「ないの?ってさ、君が僕に聞くことなの?」

「うん、どうして?」

「しがみついて来たのは、君だよ」

「そう?」


 その、きおのへたくそな答えに、僕は少し笑った。韓国語も日本語も下手なきおに僕らと同じ異邦人の香りを感じた。


「君は日本人?」

「だと思う。どうして?」

「いや瞳の色がオレンジみたいだから」

「そう?」

「日本人では珍しいよね?」


「そうかな、九州出身の死んだ祖母がオレンジ色だったみたい。だからかな?子供の頃は、インディアンの人とか東南アジアの人によく間違えられたけどな。横須賀は米軍基地もある。いろいろな瞳や肌の色の人がいるからあまり気にしたことがない」


「インディアン?」

「うん、デパートの催事に来ていたインディアンの子と間違われたことがある」

「へえ~?」

「インディアンのショーに連れていかれた」

「それで?」


「本物のインディアンの女の子がいて、お店の人がごめんなさいって」

「それからどうなったの?」

「終わり」

「終わり?なの?落ちはないのか?」


「落語が聞きたかったの?」

「違うよ、それで終わり?」

「何で?」

「なんだ、そのままアメリカに行ったのかと思った」

「行きたかったの?」


 きおの不可解なテンポと、ずれた会話に混乱し、まったく落ちのない話に何が聞きたかったのか? 僕はよくわからなくなった。さらに目の前にある小さな鼻に、薄い唇を僕は凝視できずに目をそらした。


「僕達は韓国から来た」

「韓国?どこにあるの?」

「知らないの?」

「知らない」


 最近、動き始めた日韓の情勢が毎日のようにテレビで伝えられ、韓国という言葉が頻繁に出ていたのに「知らない」と我、関せずという雰囲気で答える、きおの横顔が不思議に感じられた。


「本当に知らないの?」

「長いこと病院にいたから、知らないことが多い」

「ふーん、でもさ、テレビは見るでしょ」

「まあね。だけどテレビの報道って一方通行で情報が偏っているでしょ。それぞれの立場だけで考えられた情報は怖い事よね」


「怖い?なにが怖いの」

 テレビをそんな風に意識した事がなかった。

「同じ海でも見る場所が違えば、違う景色に見える。そして本質は隠れてしまう」

 急に難しい言葉で、どうして、きおがそう思うのか、まったくわからない。


「景色?海は海でしょ」

 きおは意外という顔をして、僕を見た。

「いつも私が見ている海は猿島や房総半島や軍艦が見える海だよ。ウテ君が見ている海は?」


 僕が見ている三笠公園からだって猿島や房総半島は見える。何が違う。きおの問いかけに思わず考え込んだ。そんな僕をひとり残して、美宇と楽しそうに他の話題を話し始めている。小ばかにされたような気分だ。不誠実な、きおにイラついて質問を変えた。


「それはそうと、大騒ぎをしていた友達は?」

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