第2話 べっとりとした感覚
起き上がろうとする僕に周囲の人は「無理しないように」と言ってくれるが、強く、しがみつかれている姿勢が苦しく、引き離したい一心でもがいた。しかし、一向に離れる様子をみせず、結局、僕にしがみついたままのきおを、抱きかかえるように立ち上がった。きおの子猫のように細い髪は、三つ編みに収まらずに柔らかく、空を舞い僕の顎や頬を突きさす。さすがに頭に来た。
「痛い、離れろ」
僕は、きおにストレートで強い棘のある言葉を投げつけた。きおの頭をどかそうと、乱暴に手をかけると、生暖かくベットリとした。その感触は僕を急に不安にした。ゆっくり確認すると、
「げっ」手、全体が赤くなっている。
『血が出ている』
「お兄ちゃん」美宇の声がした。周りから、大きなどよめきが起き、もっと騒がしくなった。それからは、救急車が来て、周囲の人のなすがままになった。何が起こっているのか、ますますわからなくなった。急に自分と周りの世界が曇りガラスで分離されて、こちら側にいる僕と、きおだけは静かな気がした。
救急車で到着したのは、きおの主治医のいる病院だった。ここではきおは人気者らしい。きおは、僕にしがみついたまま、救急隊の人が助けようとするのを、とても嫌がった。それに美宇は、僕の背後から真剣な顔つきで、きおの手と僕の制服をしっかり握って離さない。
二人に挟まれて、救急車の中では横になる事も座る事も出来ずに、中腰で立っていた。病院の前で集まって来た医師や看護師が、救急車の中の僕らを見て、声を上げ、驚き騒めいているのがわかる。看護師さんが手伝ってくれて、きおと美宇を引き連れて、病院内にはいる。
付き添ってきた女子学生は慣れたように、受付できおが怪我したと伝えると、受付の人は僕らを見て「きおちゃん!」と、叫び慌てたように、どこかに連絡をとっている。
まもなく医師らしき人が、小走りに駆けつけてきた。
その人は、僕達をみると「おー」と驚愕の声を上げて立ち止まった。その様子が癇に障り『おーじゃないよ。重たい限界だ。どうにかしろ!』と思って睨んだ僕を
「へえ~」と言いながら、さらに眺めつくした。
すると「お姉ちゃんとお兄ちゃんは、怪我をしているよ」僕の後ろから美宇の声がした。その声に僕達の後ろを覗き込んだ医師らしき人は驚いたように膝をついて「お嬢ちゃんは大丈夫?」と美宇と目線を合わせた。
ストレッチャーが運ばれて来た。看護師が注射器を持って走って来た。
「きおちゃん、検査をしよう」
医師がそういうと、小さくきおは、うなずいた。注射を打つと、力が抜け、僕から離され、ストレッチャーに乗せられた。きおが離されると、僕はいっぺんに力が抜け、その場に座り込んだ。どうがんばっても力が入らない。
「君も怪我をしているね。立てるかな? 無理そうだね」
「おーい、もうひとつストレッチャー持ってきて」
「まず、検査をしてみよう」
看護師に伝え、
「お嬢ちゃんは大丈夫かな?レントゲンを撮ってみよう。受付は出来るかな?保護者の人に連絡できる?看護師さんと話せる?」
質問しながら、僕と美宇を見回す。
「うん、うん、先にちょっときおちゃんの様子を見て来るね」
ひとつひとつ、確認するようにうなずき、ひとりで納得し、看護師さんに色々と指示をしていなくなった。
『美宇にも検査をするのか?』
そう思いながら、僕は何となく、僕の世界がずれ込んでいる事に、違和感があった。受付では、滞在許可代わりの保険証のコピーを渡すと同時に、忙しく時間が過ぎて行った。その中で僕はただ一人、なんでこうなっているのか?ずれた世界を元に戻そうと、頭の中で格闘をしていた。
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