第11話 ココちゃん堕ちた



「おう! 人間の兄ちゃんとココ! よかったらうちの串ももらっとってくれ!」


「お二人さん! おらたちの果物もあげるんだべ!」


「す、すごいね……」

 

「はい。ここは、めったに人間なんてこないんでみんな人間が食べた、という肩書がほしいんです」


 俺が手に持っている食べ物たちは、もう両手では抱えきることができず少しの衝撃で落ちそうなほど大量だ。


 ちなみに今いる場所は、迷宮の中。


 俺の隣には、ちょっと不機嫌そうなココちゃん。他の三人。変態二人は何やら語りあっている。マッドサイエンティストはなにやら研究をしたいらしい。


 だから今は、正真正銘のココちゃんちゃんとのラブラブデート。


 いや、ラブラブデートっていってもなんかココちゃんが不機嫌っぽいし違うか。

 どうして不機嫌なんだろう?


 今まで、ココちゃんが不機嫌そうにしてたのは魔物関連くらい。あっ、ここに魔物がたくさんいるから……じゃないよな。


 だって、そうだとしたらそんな魔物が住んでるところで姉が暮らしてるわけないもんな。


 じゃあ、ココちゃんのあそこまで極端な魔物嫌いは一体何なんだったんだ?


 気になるけど、そんなプライベートなこと聞けるわけない。俺たちの関係は、いくら勇者とその仲間だったとしても出会ってから日が浅い。なんなら、あの変人コンビのほうが俺より親交が深いかもしれない。


 とりあえず、適当な当たり障りのない会話でもしとくか。


「ココちゃん!」


「は、はい。何でしょう……?」


 やばい。張り切りすぎて、変に声大きくなっちゃったよ。


 ……ていうか、当たり障りのない会話ってどんな会話のことを言うんだ??


 「いやぁ〜。こんなところにココちゃんのお姉さんがいるなんて、びっくりしたなぁ〜」とか言うのは、ズカズカプライベートに入っちゃってる気がするし……。


 はたまた、「いやぁ〜。こんなところに友好的な魔物がいるなんて、知らなかったよぉ〜!」とか言うのは魔物嫌いなココちゃんに嫌なことを思い出させちゃうかもしれない。


 まじでどうすればいいんだ……。


「あのぉ〜勇者様? その、何でしょうか?」


 ココちゃんは、こくり、と首を横にかしげながら不思議そうな顔をして聞いてきた。


 やばい。

 くそかわええ。

 家宝にしたい。

 くそっ! 


 なんでこの世界には格ゲーがあってまだ写真とか、そういうのがないんだよ……。


「いや、その……ココちゃんってなんでそんなにかわいいんだろって」


「……え?」


 何言っちゃってんだよ俺。

 あきらかにココちゃん引いて、俺から距離取ったんだけど!


「か、か、か、かわいいだにゃんて……。わ、わ、わ、わ、わたひはからいくないれす!!」


 あれれ〜??


 なんか顔真っ赤になってるし、反応が明らかに引いてるものじゃなくてその反対みたいじゃん。


「しょ、ひょ、ひょ、ひょんな!! わらひなんれから、からからからいくないれす!!」


 おや? おやおやおやおや??


 正直、嫌われたんだと思ったんだけどこの反応は少し押せば、色んな意味でイけるんじゃないか?


「ココちゃぁん……」


 囁きながら、ココちゃんのことを壁側に押し込んでいき……。


 ドン


 人生初めてである、渾身の壁ドンをした。


「あ、へ、あ、りゅりゅりゅ!?!?」


 ココちゃんは目をくるくる回らせて、反応がわかりやすい。


 これって、堕ちてるよな?

 大事なことだからもう一度確認するけど、これって完全に俺の虜になってるよな?

 

「あ、こ、へ、り、あ、え!?」


 うん。顔を真っ赤にして目を合わしてこない。この反応は絶対、堕ちてるな。


 ついに来たんだ! 

 俺の時代が!! 

 今なら、なんでもできる気がする!!


「ココちゃん、俺は……」


「きゅう」


 これから、一斉一番の告白。

 そのタイミングでココちゃんは奇声を最後に、体から力が抜け地面に倒れ込んでしまった。


 は?

 なに?

 なんで?

 どゆこと?


 わけわからなかったけど、倒れているココちゃんの目は未だぐるぐる回ってるのを見て緊張しすぎたのかなぁ〜、などと思った。


「よっこいせ」


 とりあえず、というべきなのか。ココちゃんのことをお姫様抱っこしてもとのココちゃん姉の部屋に戻ることにする。


 こんなところで念願のお姫様抱っこをすることになるなんて、思いもしなかった。


 ココちゃんは本当にご飯を食べてるのか? と疑うくらい軽い。剣を振り回す剣士だとは思えないぷにぷにの体。たしか、二の腕の柔らかさがおつぱいの柔らかさだとかなんとか……。


 いや、寝込みを襲うなんてだめだ!


 こういうのは、起きてるときに堂々とお願しないとだめだよな。


 ん? それもどうかと思うぞ?

 

「いかんいかん……」


 渚は邪な気持ちを取っ払って、今は早くココちゃん姉の部屋に戻らねば、と足を早める。


 だが、そんなとき。


 ピーピーピーピー


 突如どこからか警報のような、そんな耳に引っかかる音が聞こえてきた。


 なんなんだよもぉ……。


 渚はなんか変なことに巻き込まれまい、と駆け足気味に目的の場所に行こうとしたのだが、目の前にオークのような大きい魔物が通りかかったので足を止めることになった。


「あの!」


 なかなかオークが前に進まず、その場にとどまっているので声をかけた。


「……なんだ人間」


「その奥に行きたいので、どいてもらえませんか?」


「……それは無理だ人間。すまないな」


 無理。渚は、魔物に無理だと言われ、かっとなり、いつかのドラゴンのように捻り潰そうとしたが流石に思いとどまった。


 魔物がたくさんいる迷宮で、騒ぎを起こすほど渚は野蛮ではない。


「そっか。ならいいや」


 いくら警告音のようなものが鳴っていても、おそらく自分へのものじゃない。


 渚は、急ぎの用事じゃないので気長に迷宮の中でも探索しながら戻ろうかとココちゃんのことをお姫様抱っこしたまま何があるかわからない角を曲がった。

 

「おっと、ごめんなさい……」


 いたのは謎の黒マスク集団。


 「我らは、影の中に住み影を支配するもの……」とか言いそうな感じの痛い服装集団。


 何も見なかったことにして、くるりと後ろを向く。

 そして、てくてく歩こうと思ったのだが、後ろから服を引っ張られ立ち止まった。


「おい、お前人間だな」


「……いえ違います」


 なんか面倒くさそうだったから、反射的に否定しちゃった。


「この私が嗅いだ臭いが間違うわけない、勇者」


 …………声が怖い。

 声が怖いやつなんて、どうせろくな人じゃないんだから早く逃げよっと。


「あはは……そうかもしれませんね。でも、俺人間でも勇者でもなんでもないただの魔物なんで失礼しますね? 人を待たせてるんですよ」


「そうか……」


 ヤバそうな仮面集団の、一番前に来て詰め寄ってきていた男は納得したのか後ろに下がった。


 ふぅ。よかった。

 こんなやつら、もう一生見たくないわ。


「じゃあ、そいつにもう会えないと伝えろ」


「がっ……」


 後ろから首を殴られた。

 何もできずに、ココちゃんを地面に転がして俺も地面に転がる。


 体が、動かせない。

 なんなんだよあいつ……。

 顔を見る。

 黒い仮面。

 顔は見えない。


「まぁもっとも、伝えることなどできないのだがな」


 その言葉を最後に、渚の視界は暗転した。

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