閑話

    ドーナツ大戦争



 この、魔法や魔物が当たり前の異世界。

 毎日沢山の人が死に、意思を次の世代に託す。

 残酷で、救いようのないこの世界。


 そんなこの世界にも、娯楽がある。

 だれでも、操作方法がわかれば夢中になって遊ぶ格闘ゲーム。限られた人にしか使うことができないけど、魔法だったり。


 もちろん夜のお店というのもある。

 男はキャバクラ、女はホストのような店で酒を飲んで楽しむ。ちなみにこの世界では、成人は15歳からなので俺も酒が飲めるの。なのでよくキャバクラに通っている。


 他にも、娼婦だっりそういうのもあるが行けてない。本当は行きたいけど、俺が行ったときには勇者としての看板が汚れてしまう。

 そんなことになってしまったら大変だ。


 ……と、そんな具合で色んな娯楽がある。


 色んな娯楽があるのだが対照的に、お菓子というものはほとんどない。袋を開けて、ボリボリと食べる塩味が強いスライスして揚げてある芋。通称、ポテチ。あれは最高。食べすぎると翌日、肌が荒れに荒れるけど最高。一生食べていけると思う。

 そんな将来を誓ったポテチも、異世界にはない。 


 あるのは変な干し肉だったりスルメみたいのだったり。まぁ、そういうのもまたいいんだけどなんか俺の中でお菓子と言ったら……というのが違う。

 だけどそんな中で唯一、お菓子とも呼べる最高のものを見つけた。

 それは……。


「ドーナツ」


 手に持っている輪っか。

 サクサクしてそうでそれでいて中は、ふわふわしてそうな輪っか。


 これは、ほんのさっきいつものようにすることがなかったので国中を歩き回って「勇者様ぁ!!」という黄色い歓声を浴びて優越感に浸っていたとき。

 甘い匂いに誘われ、入っていったこじんまりとした店で買ってきたもの。


 最初、ドーナツを見たときまさかこれを作ったのは俺と同じ世界の人なんじゃ……、と思ったのだがそんなわけでもなく。ただの、この異世界にはどこにでもいそうな爽やかな笑顔の青年だった。


 アニメのネタだったり、漫画のネタだったり会話の中に混ぜてみても反応はない。つまりは、ただの0からドーナツを作った天才青年だったということだ。


 初めて、同じ故郷の人間かもしれないと浮足立っていたのだが違く落ち込んでいたのだがそのときに出されたのがドーナツ!

 なんと青年は、落ち込んでいる俺のことを見かねてなのか無償でドーナツをサービスしてくれたのだ。ちなみにまだ製品にはなっていないとのこと。味見も兼ねて元気だしてください、ということらしい。


 全く、出来すぎてる好青年である。


 そんな好青年とは違い渚は、ドーナツをもらった途端嬉しくなりラボでゆっくり味わって食べようと思い戻ってきたのだ。


 楽しみにしていたのだが、渚は完全にきゃつらのことを忘れていた……。

 

「……渚。それは何だ? はっ! まさか新種の魔物!?」


「勇者くん勇者くん。なんだいその黒い輪っかは? ……輪っか? まさかわれのポータルを真似て作ったポータル勇者型か!?」


 ラボに戻ったら俺が変なものを持っていると確認した変人二人は、さっきからこんな調子で変な予想をしてくる。


 幸い……というべきなのか、ココちゃんとチロちゃんとガリくんは外に薬草採取に行っているそうで、夕方にならないと帰ってこないらしい。


「これは新種の魔物でも、ポータル勇者型でもなく俺の故郷にお菓子としてあったドーナツというものだ」


「お菓子……」


「ドーナル?」


 二人は聞き慣れない言葉を聞いて、首を横にかしげた。


 うん。こういう仕草は、年頃の女の子っぽくて可愛い。不覚にも可愛いだなんて思っちゃうけどこいつらは元々、顔面偏差値だったりスタイルだったり……ポテンシャルが高いから仕方ないのだ。


 きゅん! と一瞬ときめそうになったがら、ちゃんとしろ俺、ときゃつらの普段の性格(変態、マッドサイエンティスト)を思い出して冷静さを取り戻す。


「で、勇者くん。このドーナルとかいう謎物体は、一体どうやって使うんだ? われとしては枕にちょうど良さそうなんだが」


「ドーナルじゃなくてドーナツな。……まぁ、ドーナツ型の枕があるってこと聞いたことあるけど、こんな手のひらサイズのやつをどうやって枕にするんだよ。食うんだよ食う。食べるんだよ。食事。わかる?」


「な、な、な……勇者はそんな真っ黒なゲテモノを食べるのか!?」


 シュラットはあまりにも衝撃的だったのか、腰を抜かして地面にお尻をつけながらゲテモノを見る冷たい目で聞いてきた。


 うんうん。

 ゲテモノって……ドーナツを食べてる全世界の人間に謝れよ。あと、ゲテモノを持ってる人のことをゲテモノを見る目で見るなよ。

 なんか俺がゲテモノみたいじゃん。


「これはゲテモノじゃなくて、れっきとした甘いお菓子な」


「ほほう。お菓子とな……。どれどれ、われが食してやろう」


「いや、なんでそうなるんだよ。これは俺のドーナツだぞ!」


「……え? 分けてくれないのか?」


「……え? 分けてくれると思ってたのか?」


「「え?」」


 ……何この状況。


「なぁなぁ変態エルフくん。流石に、あの勇者くんケチすぎないか? われたちはまだそのドーナツなるものを食べたことがないのに、分けてもくれないなんて……」


「うんうん。たしかに私もそう思う、マッドサイエンティスト」


 なんか変人二人が、俺に背中を向けてチラチラ顔を伺いながら陰口みたいの言い出したぞ。


 ……くそっ!

 俺も、ドーナツなんて久しぶりに食べるんだ。

 絶対に分けないぞ!!


「うむ……。それより関係ないことなんだが、勇者くんについてとある噂を耳にしたんだが君は知ってるかね?」


「あぁ……あれだよね。あれ」


「そう、あの傍から見たらめちゃくちゃ痛いやつ」


「あの存在自体は前々から知ってたんだけど、まさかそれがあの勇者である渚だったなんて仲間として恥ずかしいわ」


 え!?

 なにその、痛くて恥ずかしいやつって!

 俺なんか噂になるようなことしたのか? 

 全く身に覚えがないんだが。


「な、なぁ……あれって一体何のことだ?」


「ふっふっふっ……。気になるよね? 気になるよね!? ならばわれらにドーナツを分けたまえ。さすれば、教えてやろう」


「教えてやろう……」


 くそっ! こいつら悪女だ!

 ドーナツを分けないと、なんのことなのかわからないまま……。


「じゃあ……」


 いや、ちょっと待てよ。

 こいつら、なんか俺の恥ずかしいことを知ってるっぽい口調で脅してきてるけど嘘なんじゃないか? だって、あれとかあの存在とかしか言ってこないし。


「分けたまえ。分けたまえ」


 うん。

 嘘だって思うと、嘘を言ってるとしか見えなくなるな。


「くれ。ドーナツ、私も食べてみたい」


 やばい。

 シュラットのことが、餌を待ってる子犬にしか見えない。もし尻尾があったらそれはもう乱暴に宙を描いているだろう。


「はい」


 あぁ〜!! 

 なんか可哀想だとか思ってたら自然と、変人二人にドーナツを分けてあげちゃってたよ。

 手元に残ってるのは3分の1のちっこいドーナツ。

 これじゃあ、心ゆくまで味わえないじゃん……。


「ん〜……うんまぁ〜!! なにこれぇ〜!!」


「むむむむむむむむむぅ〜!! す、す、す、すごいぞ!! この絶妙な胃もたれしない油。カリカリとした表面。ほんのり香る、ビターなチョコの味……。これが、ドーナツかッ!!」


 ま、美味しそうな反応見れたからいっか。


「うまっ」

 

 ん? それで結局、俺の恥ずかしいことってなんだったんだ?


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