第8話 エルフ、シュラット
シュラットは怒っていた。
それはもう、カンカンに怒っていた。
「なんなのよぉ〜!!」
明確には、シュラットは覗いている窓から部屋の中を見てそこにいる二人の人物に向かって怒っていた。
変な丸メガネをかけていて、あの自称賢者と楽しそうに話している男。こいつはなんかさっきから見る感じ、あの変人の助手みたいに扱われているので特に感情は芽生えない。
一番問題なのは、あのちびっ子!
なのなの? あの、ソファの上でのくつろぎようは? その部屋はお前のものかっての!
シュラットは、自分がたまたま装備を買いに少し遠出していたら知らない男と女が増えているというこの状況にそれもそうか、と嘆息を吐く。
「もぅ……」
引っ掛けていた足を外して、地面に飛び降りた。
別にあんなの見ても私はもともと勇者の仲間なんだから、堂々としてラボの中に入ればいいと思う。だけどそれが私にはできなかった。
自然と足を進める。
背中を向けているのはラボ。
足のスピードが早くなった気がした。
別に勝手に仲間っぽはのが増えていて拗ねてるわけじゃない。そこまで私は、おこちゃまじゃない。
ただ、あんな楽しそうなラボの空気を見ちゃうと私のことなんてもう必要ないんじゃないかって思えてしまった。多分そんなの、被害妄想なんだろう。
踏み込む足にかかる力が増える。
速歩きを通り越して、駆け足のようなスピード。
私は自分自身でも、なにやってんだ、と呆れてしまうほどバカだ。
いつもいつも、こうなっちゃう。
特に相手は何もしてないんだけど、私の勝手な妄想のせいで相手に不信感をもち結局その後その人物とは関係がなくなる。
ほっぺたに垂れる水滴があった。
空は雲ひとつない快晴。
だけど、水滴はなくなることなく垂れ続けている。
「ぐすぐす……」
あぁ……もう、私のバカ。
こんな、泣いても何も変わらないのに。
こんな、走っても何も変わらないのに。
なんで私は、こんなにも……。
「ちょっと! シュラット!!」
「え、」
腕が掴まれた。
体が止められる。
なんで……。
聞いたことがある男の声。
叫ぶような、止めるような必死な声。
「勇者なんで……」
振り返ると、いたのは息を切らした勇者。
わからない。
なんで、いつから追ってきてた?
「なんでってお前、仲間が部屋の外から覗いてたってのにどっか走っていったらそりゃあ気になって、追いかけるに決まってんだろ」
当たり前かのように。
勇者の声を聞くたび、何故かシュラットの瞳に浮かんでいた雫が落ちていく。
シュラット自身、よくわからない。だけど自分が意図せずに勇者に救われているんだということはわかった。
「どうしたんだよ。そんな、泣いちゃって……。せっかくお前は顔だけは一丁前にきれいなんだから、そんなしわでぐしゃぐしゃにするなよ」
渚の手が、シュラットの目尻に行き涙を拭き取る。
えっ……。
シュラットは緊張で動くことができず、されるがまま人形のようになった。
「もっと、自分を……自分のことを大切にしろよ」
まだ心は痛い。苦しい。
だけど楽になった。
根本的な解決はしてないけど、自分を大切にしろよ。そんなこと一度も言われたことがないシュラットは、言葉を噛み締めていた。
「ほら」
勇者は、手のひらを私に差し伸べてきた。
「ありがとう」
「ちげぇよ」
「は?」
添えた手はゲテモノを触るかのように振り払われた。
「え? いや、お前のこと泣き止ませてあげたんたしちょっと報酬をくれってことなんだけと」
「……本当あなたって、勇者だとは思えないわ」
忘れてた。
この勇者は、類を見ない変人だってことを。
それから私と勇者の間で、金を巡ってプロレスしてみたり早食い競争してみたり、いろんな勝負をしたが全てにおいて私の勝ちで終わった。
「ま、まさかお前がこんなに強かったとは……。俺が知ってるお前は、馬鹿みたいに魔物突っ込んでいく馬鹿だったから不覚にも油断を逆手に取られたな」
「ふっ。勇者。貴様がこの高潔なるエルフ、シュラットに勝てるなど一億万年早いわッ!!」
なんか、馬鹿みたいに魔物に突っ込む馬鹿とか言われてるけど無視しよう。
うん。
馬鹿はこの馬鹿勇者だからね。
そんなことを思っていると、勇者は「こっちでもそういうやつあるんだぁ〜……」と何故か遠い目をしながら乾いた笑みを浮かべてきた。
「それにしても、もう夜だな」
「そうみたいね」
「流石に、これ以上遅くなったら他の奴らが心配しそうだし帰るか。俺、何も言わずに飛び出して来ちゃったし……」
「それも、そうね……」
シュラットは渚と対決をしてすっかり忘れていたのだが、泣いてラボから離れたのは知らない人たちがいたから。
それを思い出して、足がすくんだ。
「……どうした? まさか、まだ勝負したりないとか言わないよな? 俺、最近外出てなかったからもう結構ヘトヘトなんだよねぇ〜。するんなら、流石に一回寝てからにしない?」
「違うの!」
「……どうした?」
渚は違う! とシュラットが即答したからなのか真剣な顔をして、また同じ質問で聞き返した。
「そ、そ、そ、そ、そぉ〜の……」
やばい。
絶対今、めちゃくちゃ顔真っ赤だと思う。
なんで!?
これから質問しようとしていることが、まるで浮気現場を見てしまった恋人みたいな内容だから?
いや、だから? じゃなくえ絶対そうだ。
自分でも、何聞こうとしてんの……って呆れるけど聞かないと前に進めない。そしてもし、勇者がその質問に肯定してきたら私は、私は……。
「その?」
「そのっ! ラ、ラ、ラ、ラ、ラボにし、し、し、知らない人たちがいたんだけど誰なの!!」
言っちゃった!
言っちゃったよ。
勇者はどんな顔して……。
「んん〜????」
首をものすごく横に曲げてる。
それはもう、関節がおかしいくらいに。
これって、どういうことなんだろうか?
もしかして言いたくない関係。つまり、勝手に新しく仲間になった人たち! だったりして……。
もし、そうだったら私は一体どうすれば。
「あの二人は、何ていうのかな? まだ俺にもよくわからないんだけど、男の方はマッドサイエンティストの弟子で……」
「マッドサイエンティスト?」
聞き慣れない言葉。というか聞いたことない言葉。
これは、勇者がいた元の世界の言葉なんなのかな?
少し興味深い響き。
マッドサイエンティスト。
いいわね。
「あぁ、ごめんごめん。リージュのことな」
「なるほど」
そっか。自称賢者のことなんだ。
でも、あの変人に弟子か……。色んな意味で怪物になる気がする。
「で、もう一人ちっこい子はチロちゃんって言うんだけど……。まぁ、迷子? かな? 今現状だと」
「まさか攫ってきたんじゃ……」
「いや流石に……というか、そんなことしねぇよ! チロちゃんは、ココちゃんが修行から帰るときに出会ったらしいんだけど。正直、俺にもどういうことなのかわからん!」
「それでいいの?」
「いや、うん。良くはないと思うんだけど、別にチロちゃんも嫌がってないし最悪捨てられた子供なのかもしれないから、今更外に放り出すなんてできないだろ……」
たしかに勇者が言ってることに一理ある。
もし、家がないまま外に放り出したときにはそれこそ本物の人攫いにあってそれからの人生、散々なものになる。
「まぁ……大体わかったわ。つまりあの二人は勇者、渚にとってはただの知人程度の人間なのね?」
「う、うん! そういうことかな!?」
声を裏返らせて、あきらかに私が名前で渚と呼んだことに動揺してる。
さてはこいつ……いつも私たち3人に、当たり前のように話してるけど女慣れしてないな?
「な、ぎ、さ、ってぇ〜結構たくましいわよね?」
「しょ、しょ、しょ、しょ、しょうかなぁ〜?? ま、まぁたしかに俺って勇者だし?? 色んな意味でたくましいと自負してる!!」
思いっきり体を、胸を押し付けると渚は変なことを言い返してきた。
まぁ実は私、魔物に襲われる願望があるけどシたことないのよね……。って、そんなことどうでもいいや。
ラボに増えた人たちが、仲間になったんじゃない。
それがわかったんなら気持ちが楽。
「とりあえず帰りましょうか」
「お、おう。そうだな」
多分、渚には私のことを救ったなんていう自覚はないと思う。だけど実際救われた。
あのとき、腕を引っ張って引き止めてくれなかったら今私はここにいないかもしれない。
どんなに無自覚でも。
どんなに馬鹿でも。
何気なく人のことを救う渚って、やっぱり腐っても勇者なのよね。
この恩は一生をかけて、返さないと。
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