第5話 どさくさに紛れてキス



「よっと」


「わぁ〜!! すごいですゴリラさん!! そんな大きい岩を軽々持ち上げるなんて!!」


「これぐらいおちゃのこさいさいよぅ〜」


 なぜかゴリラが俺たちの仲間になった。

 そしてこれまたなぜかいつの間にか、マッドサイエンティストもといリージュが忽然と姿を消していた。姿を消していたというのは、起きたらいなかったということ。

 リージュが寝ていた布団はちゃんと畳んであったので、誰かに攫われただとかそういうのじゃないっぽい。


 あいつは一応俺の仲間。

 まぁ、だけどそんな心配ばっかしてたら仕事に活が入らない。


「勇者ぁ〜。この岩ってどこおけばいいんだ?」


「えっと……あの大きい木の幹あたりかな」


「おう。わかったぞぉ〜!!」


 ちなみに今してる仕事は、大量の岩の運搬。

 本当は、シュラットの魔法で岩を移動させようと思っていたんだけどなんかあいつ、「魔物がいないんなら嫌だ!」とか言ってさっきから拗ねて後ろでしゃがみ込んでる。

 

 たしかに俺も勇者らしくない仕事だなぁ〜、とか思ったけど別、30万グリスもの大金が手に入るから色々腹をくくってる。


「シュラット。お前のその魔法を使ってもらわないと、帰るのが夜になっちゃうぞ?」


「ふん! そんなの知るか! 私は魔物にあれこれされるために魔法を使うんだ!」

 

 よく魔法を使う動機がそんな不純なことで、勇者の仲間になることができたな。


「ていうか勇者の、あのすごい力を使えば岩なんてすぐ移動させることくらいできるだろ!!」


「それは無理だ」


 うんうん。さっき「シュラットが魔物がいない!」とか言って喚いてたとき試したら、力が強すぎて砕いちゃったんだよね。


「むぅ……それなら、岩を転がして移動させればいいじゃん!!」


 …………天才じゃん。

 まぁ、少し距離はあるけど移動させる場所までこれといった段差はない。

 いや、納得しちゃだめだ。もし納得しちゃったら、このエロフはこれから先ずっとこんなことを言って楽をしようとすると思う。


 こいつは一応、勇者の仲間。

 たとえ、あの自称賢者兼天才発明家兼マッドサイエンティストより天才的なことを言ってきてもメンツってもんがある。


「だめだ。ほら、早く魔法でとっとと移動させてく……」

 

 渚は呆れながら、シュラットのことを立ち上がらせようとしようとした。

 すると突然。


 ゴゴゴゴゴ……


 後ろの方から、ゲームのラスボスが来るときのような重低音が聞こえてきた。


 な、なんなんだ!?


 俺とシュラットは、体の動きを止めて同時に後ろを振り返る。そこにいたのは……。

 

「ふはっはっはっ!! われ、少し遅れての登場ッ!!」


 自称賢者兼、自称天才発明家兼、マッドサイエンティストのなんたらリージュ。

 いつもの渚だったら、「なんだよ。どこにいたんだ?」などと率直な質問をするのだがそうはならなかった。なぜなら口が先に動くのではなく、目が先にリージュが背負っているものにいったからだ。


「……それ、なんだ?」


「ふっふっふっ……。やはりこいつのことを聞いてくるよな勇者くん。いいだろう。実はこいつは新たな実験体。本物のドラゴンだ!!」


 だぁだぁだぁだぁ〜。


 え? まぁたしかに、見るからに固そうな真っ黒な鱗だったり、鋭い牙だったり、恐竜みたいな骨格だったりドラゴンに見えるけど……。


 俺が真偽を確かめる目線をシュラットに送ると、「まじだわ……」という信じられないものを見た目が返ってきた。

 

 そっか。本物。本物のドラゴンかぁ〜。


「なんでリージュがドラゴン背負ってんだ?」


「ん? そりゃあ、われがちょちょいのちょいで倒したからさ」


 倒す? 

 たおす? 

 taosu?


 は?


「まぁ、賢者であり天才発明家のわれならこの程度の魔物を倒すことなんてゴブリンの脳を液状化させて、探知機の中にそれを注ぎ込んでゴブリンレーダーを作るくらい簡単だったがな。はっはっはっ!!」


 リージュは今までにないほど饒舌に喋り、お得意の高笑いをして俺のことを見てきた。

 なんか適当に言って流そうかなぁ〜、とか考えていたが目の前のものを見て突如として思考がピッタリと止まった。


「あ……え……あ……」


 渚が絶句するほどのものはドラゴン。

 そいつは倒され担がれているリージュではなく何故か目の前にいる渚に、黄色の鋭い目を向け牙を光らせ威嚇している。


 ど、ど、ど、どうしよう!?


 隣りにいるシュラットは、さっきまで普段通りに戻っていたけど今はまた拗ねて地面とにらめっこしているからこの事態に気づいてない。

 そしてリージュは何故か動いているはずのドラゴンに気づかず、?、を顔に浮かべなが俺のことを見てきてる。


 これはもう、俺がドラゴンを倒す以外にないな。

 でもどうやって倒そうか? 

 戦ったことはないけど、ドラゴンなんか一瞬で捻り潰すことができるってきう脳内予想ができる。だけどそれは、思いっきり真正面から襲いかかった時。

 今は、ドラゴンのことを担いでいるリージュがいるからそんなことできない。


 …………いや、できないこともない。

 リージュのことを真正面から抱きついて、ホールドした手でドラゴンのことを捻り潰す。

 こんなことしたらまた一歩、変人の仲間入りしてしまいそう。だが今はドラゴンに殺されるのかという、超危機的状況。

 

 プライドなんて捨てちまえ!!

 

「リージュゥウウウウ!!」


「? な、な、な、なんなのだ!?」

 

 リージュは俺がいきなり叫びながら、両腕を広げて近づいたからわかりやすく動揺している。

 くっ……俺も、俺もこんなことしてくないんだ!!

 だけど、こうしないとドラゴンに怪しまれてしまう!

 だからあたかも恋人かのように演じないと!

 絶対……絶対、みんなのことをドラゴンから救って見せるぞ俺は!!


「会いたかったぞぉおおおおおおおお!!!!」


 正面から思いっきり抱きついた。それも、数年ぶりに会うことができた恋人かのように。


「ふふふ……まさか、われの存在が勇者くんの中でそこまで大きいものになっているなんて。いや、いいのだぞ? もっと抱きつくがよい。はっはっはっ!!」


 リージュは、いきなり抱きつかれたにもかかわらず嫌な顔ひとつ見せず逆に嬉しそうに高笑いした。


 そうだ……。こいつってこういうやつだったんだ。

 心の隅で、少しほんの少し俺の体が胸を押し付けてるから乙女みたいな反応が返ってくるだとか思うべきじゃなかったな……。


「……変態」


 後ろから罵倒する声が聞こえてくるんだけど!

 シュラットのやつ、なんでこういうときに限って俺のこと見てんだよ。


 ガルルル……


 って、違う違う。

 俺はリージュに抱きついて、乙女な反応が見たかったわけじゃないんだ。今もなお、怒りで喉を鳴らしてるドラゴンのことを捻り潰すために抱きついたんだった。

 危ない危ない。

 本来の目的を忘れるところだったよ。


「おらぁ!!」


 ガッルルル……


 俺は手始めに、ちょっとだけ力を入れて様子を見ようと思って首あたりに力を入れたらドラゴンは、静かになって動かなくなった。


 あ、あれぇ?


「ん? 勇者くん、一体何をしてるんだい?」


 やばい! バレる!

 抱きしめて、後を振り向こうとしてるリージュのことをなんとか無理やり阻止した。

 抱きしめる力を強くしたせいなのか、なんか今にもキスするかのような感じになっちゃったよ。

 

 いや、待てよ。

 ここでドサクサに紛れてキスしちゃっても、なんとか許してもらえるんじゃね?


「い、いきなり強く抱きついてどうしたんだい?」


 どことなく、リージュは戸惑っていて頬が赤くなってるきがする。

 よしこれ絶対いけるわ!!


「リージュ……」


 名前をささやきながら、顔を近づける。

 少し荒い吐息が顔にかかったてきてなんかいい。

 きれいなピンク色の唇めがけて近づき……。


「お? 兄弟、こんなところで何してるんだ?」


 今まさに唇が当たる。

 という、最悪のタイミングで声をかけられた。

 その人物はゴリラ。後ろから。多分振り返ったら何も知らず、素っ頓狂なバカ面をさげながら聞いてきているんだろう。

 

 ……くそっ! ふざけんな!

 あとちょっとでできそうだったのに!!


「い、い、い、いやぁ〜まぁ、ちょっとね」


「へぇ〜ちょっと……じゃあ、俺疲れたからちょっと水でも飲んできていいか?」


「あぁ好きにしてくれて構わないぞ」


 そう言ったらゴリラは、「ふぃ〜疲れたぁ〜」とか言って足音が遠くなっていった。

 

 ちょっと雰囲気悪くなったけど、まだチャンスはあるでしょ!

 俺はそう思って、にっこり笑顔で雰囲気を取り戻そうとしたのだが……。


「うっそぉ〜!!」


 リージュの悲痛な叫び声が耳を支配した!

 ゴリラがきたので気がゆるんじゃったのか、リージュは後ろを向いていて目線の先にあるのは、動かなくなったドラゴン。


「うそぉ〜うそぉ〜うっそぉ〜!?!?」

 

 リージュは抱きついていた渚の腕から、体をふにゃふにゃさせ巧みに脱出しドラゴンを抱きかかえて涙を流した。


 そんなに大切なドラゴンだったのか……?

 号泣してるのを見ると「これ実はなんか動いてたから俺が捻り潰したお」なんて、とてもじゃないけど言えない。

 

「リージュ……。人生ってのはな、衝撃の連続だ。だがそれを乗り越えてこそ、乗り越えてこそ見える景色ってもんがあるんだ!! そうだろ!?」


「勇者くん……」


 よし。よしよしよしよし。

 なんか、リージュはいい感じに俺の言葉に納得してるし誤魔化せてる。


「見ぃ〜ちゃった見ぃちゃった。私、ドラゴンがそんなになった瞬間見ぃ〜ちゃった」


 やばい! 

 なんかさっきから、シュラットが静かだったと思ってたらこういうことだったのか。


「ん? どうしてドラゴンがこうなったのだ?」


 まじでやばい。 

 もし、リージュが号泣するほどのドラゴンを捻り潰したのが俺だってバレたらなんかの実験体にされそうで怖い。


「シュラット。俺もドラゴンが潰されたの見たんだよね。ちょっと確認のために、あっちで二人で話さない?」


「なんで離れる必要があるの? 見たものは一緒なんだから、別に確認なんてしなくていいんじゃない?」


「……本当にいいのか? 二人で確認することって、シュラットにとっても今後大事なことだと思うんだけど」


「そうね。大事かもしれないわ」


 シュラットは俺が言いたいことを理解したのか、承諾してくれた。 


 俺たちは、お互いに納得いくまで話し合った。

 シュラットが言わない代わりに提示することをまとめるとこんな感じ。

 一つ目。絶対、変態ヌメヌメ君のことを討伐しにいくということ。

 2つ目。近いうちに魔王軍幹部と戦うこと。

 3つ目。毎日おいしいご飯を食べること。


 2つ目と3つ目はまぁいいけど、一つ目がよくわからん。だけど、承諾しないとリージュとの仲が悪くなりそうだったので渋々承諾した。


 それから俺とシュラットは、魔物が後ろから襲ってきていたという嘘でリージュのことを納得させることができた。


「勇者様ぁ〜。岩の運搬、終わりました!」


 話が片付いた時、ココがそんなふうに上機嫌で後ろから渚に抱きついて報告してきた。

 なんか距離が近い気がするけど、背中に当たるやわらかい感触がたまらない……ぐふふ。


 などと渚は変態的なことを思いながら、誰かもう一人いたということなんて忘れ、国に戻った。

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